Dear Evan Hansen: The Novel

Dear Evan Hansen: The Novelの私的メモ・覚書。
ざっくり纏めるとConnorの過去とか本編後のエピローグとかが出てくる。
ネタバレに配慮していません。購入の参考にどうぞ。
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【Connorの前文】
・俺は退場した。”It’s better to burn out than to fade away”。カート・コバーンの遺言の引用。アーネスト・ヘミングウェイ、ロビン・ウィリアムズ、ヴァージニア・ウルフ。全員自殺した人物の名前。「自分を彼らと比べる気はない。俺は何もしなかった。遺書すら書くことなく。」
・「星空にはまだ生きてる星も、もう死んだ星も両方が見える。とっくの昔に死んだ星さえ。多分俺もそういうのみたいなものなんだろう」(本作はEvanと幽霊状態のConnorの一人称視点で進む)
・「俺の名前。俺が最後に書いた、他人の腕にかいたもの。遺言なんじゃかない。でもまぁ、俺も少しは生きた証を残せたわけだ。骨折した腕に。詩的だと思うか? 今や俺が出来るのはただ考えることだけだ」

Part One
【Chapter 1】
・EvanのフルネームはMark Evan Hansen。但しEvanは一度も使ったことのない運転免許証でしかMarkの名前を使っていない。父親の名前はMark。Hansen家待望の第一子の命名権争奪戦に、Heidiは試合に負けたが勝負に勝った。彼女は息子のことをEvanと呼び続け、そして父は家を出た。Evanは略すと「MEH」となる為にMarkと呼ばれることを嫌っている。間投詞「Meh」よりは「Eh」の方がいい。
・占星術にハマっているHeidiによればEvanは「実に魚座らしい」人。運勢を表示してくれるアプリをインストールしてあげた。彼女は部屋中に「一歩踏み出そう」とか「新しいことに挑戦しよう」とかそういう手書きのメッセージをEvanの為に貼ろうとしている。占星術が希望と指針を与えてくれるので、Evanの「自分へ手紙」もHeidiによれば同じような効果をもたらしてくれるはずだと。
・主治医のSherman医師。「『今日は良い日になりそうだ。何故なら……』と、こう始めればいい」。その言葉と一言一句同じ言葉で手紙を書き出すEvan。正直セラピーに意味があるとは思えない。本当の問題は自分で自分を買えないことなのではないか。でもとりあえず先生の言葉通りにすることにした。元々毎日書いていたが、最近はサボりがちだった。
・「大事なのは自分に正直であること。自分に誠実であること」。でも本当の自分って何だ? 去年のジャズバンドコンサートでZoe Murphyと知り合う機会をみすみす逃した男。手汗云々で思考の壺にハマるEvan。レクサプロはもう今朝飲んだ、ロラゼパムも飲んでおく。
・手付かずの昨日の夕飯代20ドル。「お腹空いてなかったから」「私が仕事の時は自分で夕飯頼んでって言ってるでしょう。ネットで頼めば誰とも話さなくていいんだから」。でもお釣りを貰う時に対面しなきゃいけないし、チップの量が少なかったらきっとドアを締めた途端に恨み言を言われる。だからやたら高いチップを払わなきゃならなくなるし、それが行き着く策は貧乏だ。「でもやっぱり人と話さなきゃ駄目よ。避けるんじゃなくて」HeidiはEvanの部屋を見回す。このEvanという難問を解決する手立てを探そうとして。Evanは爪を噛む。爪を噛む。夏の心健やかな孤独の後、学校に戻るのはかなりの心労。
・MomとかHeidiと銘の入ったマグカップとかペンとか携帯ケースとか、そんなつまらないものばかりプレゼントしている。Evanは大学の後すぐにできた子。
・今年の夏Elison State Parkでパークレンジャー見習いとして働き始めてから、Precipice TrailとかAngel’s Landingとか、Kalalau Trailとか、Harding Icefieldとか国中の山をハイキングしてみようかと思った。部屋の地図にピンを止めたが、夏の終わりに一つを除いて全部ピンを外した。West Maroon Trail。コロラド。小さい頃離縁した父が住む場所。コロラドという言葉はHansen家にとってMark、あるいは父という言葉と同義だ。母は視線を落とすが何も言わない。「放課後迎えに行くからね。手紙は大事よ、自信をつけてくれる。特に新学期の初日にはうってつけ。今年こそあなたには金曜の夜に家で一人でパソコンの前に座っててほしくないの。外で自分の居場所を見つけなきゃ」そうしようとはしてるよ。努力してないわけじゃない。”Seize the day”。「誇りに思う」とは言うけれど、目はとてもそうとは言っていない。それにそんなことありえない。お互い嘘を付き続けることにしよう。
・母は仕事で忙しいから僕の言っていることを殆ど聞いているとは思えない(逆もまた然り)。父には時たま電話して、本当に極たまにだけど共有すべきニュースを聞く。Sherman医師との会話は苦手。
・手紙は時々意図した方向と真逆のものになる。学校の誰もおやつ代わりのロゼラパムなんて取らないしセラピーにも通ってないだろうし、座って何もしないことで自分の母親を泣かせたりしないだろう。自分が正常じゃないことなんて分かってる。「今日は良い日になりそうだ。ありのままの自分でいれば」。

【Chapter 2】
・無貌の生徒たち。Robbie Oxman(Rox)、Kayla Mitchell、Freddie Lin、Vanessa Wilton、Kristen Caballero、Mike Miller。それからMr.Bailey。
・Alana Beck登場。彼女の背負う巨大なバックパックは人に容赦なくぶつかる。「夏はどうだった?」去年微積分の授業で前の席に座っていた。話したことはない。「私はインターンシップを3つと90時間ボランティアしたの。分かってるわ、凄いでしょ」。質問魔。Mr.Swathchildの授業で無視されたが彼女一人だけしか手を上げていなかったので仕方なく指された。彼女は虚勢を張れるがEvanはそうではない。だが二人にはunnoticedという共通点があった。
・Jared Kleinman登場。ホロコーストの授業でただ一人笑いだした男。彼は思い出し笑いだと弁解した。一応それを信じてはいるけれども、EvanはJaredが良心を持ち合わせていないと確信している。Jaredの母は不動産。Evanの父が出ていったあと、新居を探すHeidiとEvanを見つけたその人だった。Kleinman家は数年間、夏の間にはスイミングクラブに入れてくれたし夕食もごちそうになったし、一度はローシュ・ハッシャーナーも過ごした。EvanはJaredの成年式にさえ出た。
・「腕にサインしたくない?」「なんで俺にそんなこと聞くんだよ?」「さぁ……友達だから?」「『家族ぐるみの』な。友達じゃない。大違いだ」果たしてそうか? Jaredの家でゲームもしたことあるし、目の前で水着に着替えたことだってある。水着の下に下着を着るのが普通じゃないって教えてくれたのは他ならぬ彼だ。確かにもう互いの家族が一緒にいない限りはそういう風に過ごすことはなくなったけど、思い出は思い出。家族ぐるみだとしても、それは友人だと思う。Jaredは格好つけたがりだが、Evanからするとどうにもしっくり来ない。べっ甲の眼鏡とサーファーっぽいシャツは似合っていないし、オーバーサイズのヘッドホンはいつも首から下げているけどプラグが刺さっていた試しは一度もない。それでも僕よりはマシだけれど。
・教室の後のドアから一番近い席に座る。

【Chapter 3】
・新学期の初日。一時間目は問題なし。事件は昼休みに起きた。
・昼食の時間は嫌い。ここ10年ずっと毎日昼食はSunButterとジェリーのサンドイッチ。Jaredはいつも一人で座ってラップトップでコードを書いている。「一緒に座っていいか聞こうと思ってたんだけど……?」Evanの言葉に吐き出しそうな顔をするJaredが黒い影で隠れる。Mysterious creature known as Connor Murphyの登場。「その髪型いいとおもうぜ、学校狙撃犯じみてて」ドタンと音を立てて彼のヘビーブーツが立ち止まる。鋼のようなブルーの瞳。喋らず、動かず、ただ見つめていた。彼は永久凍土のような人間だ。そうだとすれば夏だって言うのに厚着をしてる理由にもなる。Jaredは厚かましいがバカではない。「冗談だよ、冗談」「そうだな、あぁ、いや、面白かったよ。ほら笑ってるぜ。分かるか?」「ヤク中だな」そういってJaredは脱兎のごとく逃げていく。
・突き飛ばされる。両腕に黒のブレスレット。怒鳴り去っていく直前、Connorが自分と同じぐらい震えているように見えた。誰も歩み寄ってくる人間はいない。Elison Parkで落ちたときと同じ感覚。家にいればよかった。隠れることの何が悪い? 少なくとも安全だ。
・Zoe Murphy登場。「兄がごめんなさい。サイコパスなの」「ギターを弾いてるキミを見てたんだ、ジャズバンドで」一年下で、よく学校で見かけたがコンサートの日までは意識したことはなかった。。バンドの一番隅にいて、ソロも何も持っていない普通の子。故にEvanはZoeに強い親近感を抱き彼女について調べ始めた。エッグシェルブルーのギター。ストラップには稲妻の柄が付いていて、ジーンズの袖には走り書きの星が書いてある。演奏する時は右足でリズムをとって目を閉じ、かすかに笑うのだ。兄の不始末を片付けるのは日常茶飯事らしい。
・パソコン室で手紙を書こうと20分間黒い画面を眺め続けている時、母から電話するようにとのメッセージが届く。Sherman医師への通院は4月から。毎日登校前に書いて、週に一度それを見せる。しばらくするとSherman医師は手紙を見せるように言わなくなった。それからすぐにEvanも手紙をかくのを辞めた。夏になって、Shermanから手紙書くように指示が出た。サボっているのを見破られたらしい。一度手紙を家に忘れて医師の元へ行ったことがあるが、その時の顔が忘れられない。Evanは他人からの失望には人一倍敏感だし、どんなに少しだろうと失望されることは耐え難い。
・「Ericaがインフルエンザで休んでしまって今日動ける看護助手が自分以外にいないのでシフトを変わることになったの。予算を削減するって今朝言われて、だから私もチームの一員だってところを見せないといけないから。分かるわね?」「分かった、バスで変えるよ」Sherman医師のところにも多分行かないだろう。
・電話が切れる。孤独。Sherman医師がいるが彼は時間給。父もいるけど、本当に自分に関心があるなら国の反対側に引っ越しはしなかっただろう。母もいるが、今夜はいない。昨日の夜も。その前の夜も。じゃあ一体誰がいるんだ? Dear Evan Hansen……。
・Connorと偶然出くわす。身構えるが何も手を出してこない。「それで、どうした?」「ええと?」「腕だよ」パーカーのきな臭い匂いからか、黒いマニキュアからか、ドラッグで前の学校を追い出されたと聞いた事実からか、彼は自分よりも年上に見えた。でもブーツがなければきっと自分のほうが背は高いだろう。「つまりお前は人種差別主義者と戦ったようなもんだ」「何?」「アラバマ物語」「アラバマ……あぁ、本の?」アラバマ物語は大半の人間が一年のときに読む。ペンのキャップを口で噛んで開けるConnor。「Voilà、これでお互い友達がいる振りができるな」。

【Chapter 4】
・Connorが手紙を持っていった次の日。今朝から薬が一向にきいたように思えない。結局昨日のセラピーには行ったがSherman医師はちっとも助けにならなかった。「誰かが僕の大事な何かを撮っていったんです、私的で、戻ってこなかったらどうなるか心配で」「ならはっきりさせよう。その物が戻ってこなかったとして起こりうる最悪の事態は?」正解はConnorがネットに手紙を投稿することだが、口から出た答えは「分かりません」。
・”Mashed potatoes”事件。起こりうる最悪の事態ばかりを延々と考え続けて鬱になるEvan。Connorの姿はない。それ自体は珍しいことではないがZoeも同時にいないとなると話は別。不安が募る。少し離れたテーブルにJared。「それは?」長袖の橋から「OR」が見えていた。「Death。Life or Deathだよ」。苦しいごまかし。
・体育。年度の最初と最後にある体力テストの日。Ms.Bortelが担当。「診断書は?」「診断書?」「医師の診断書」「母がメールで送ったと思うんですが」。
・Connorは多分、難癖をつけるような人ではないのだと思う。多分、実際は暴力的な人間ではないのだと。一年の時にConnorとEvanは同じ授業を取っていた。Connorはしょっちゅう泣いていた。理由はわからない。今となっては遠い昔のことでConnorは別人のようだけれども、もしかしたら彼と話ができるかもしれない。
・次の日も昨日と殆ど変わらなかったが不安は募る。家に帰って気晴らしに映画を見る。一番のお気に入りのドキュメンタリーはVivian Maier(死後その才能を認められたアマチュア写真家)のもの。その夜はEdward Snowdenの映画を見た。誰かと話したかった。Sherman医師は助けにならないし、もし母が家にいたとしてもとても本当のことを話せるとは思えない。望みに叶う名前が一つある。Jared Kleinmanだ。歯に衣着せない彼の誠実さを服用することにする。そういうわけでConnorについてのメッセージをJaredに送る。「手紙、どうするかな」「知るかよ? Connorは気狂いだぜ、二年の頃覚えてるか? アイツ、ラインリーダーにされなかったからってMrs.Gにプリンター投げつけただろ」。
・Jaredから女の画像が送られてくる。「誰?」「イスラエル娘だよ。こないだ話した」「美人だ。モデルみたい」「モデルみたいなもんさ、夏の間木と過ごすのよりは遥かにマシだろ」確実に画像はカタログかなにかからとってきたものだろう。パークレンジャー見習いは学校のガイダンスカウンセラーから大学の願書に書けると提案された中で唯一自分に合っていると思えたから。Sherman医師は期待していた反応を返してはくれなかったが。でも結果いつもと違う生活はストレスなだけだった。8月の中頃に、夏の終わりと新学期の始まりを思ってパニックになったのだ。
・夜は家でじっとしていいから昼より夜のほうが好き。昼だと部屋の中で時間を浪費しているのに罪悪感を感じてしまう。外の闇の中で人影がじっとこちらを見ているような気がした。ランプを消してもっとよく見ようとしたが、そこには何もいなかった。

【Chapter 5】
・次の朝。AP English。Mrs.Kiczekがバートルビーを読ませている。Evanが校内放送で突然呼び出される。校長に呼び出される覚えなんてない。この3年間校長のMr.Howardと会ったのなんて2年の時に書いたショートストーリーが三位を獲ったときにMr.Howardが総会で受賞を紹介したときぐらいだ。ヘミングウェイの「二つの心臓の大きな川」からあらすじを盗作してそこに子供の頃父と行った釣りの話を元にしたもの。確かに忘れがたいコンテストだったけど、なんでMr.Howardは今日僕を呼び出すんだろうか? オフィスにいるとMr.Howardの代わりにいる二人の男女。
・Connorは真の一匹狼だ。それだけが僕らの共通点。
・「彼は自殺したの」「……何だって? でも昨日の夜、見かけましたよ」「何を言っているの?」「いや、断言はできないんですけど、彼だと思ったんです。暗くて」「二日前の夜のことよ」昨日の夜は寝れなかった。隣の家の芝生にConnorが立ってるように思えたんだ。でもただの妄想だったのかも知れない。僕自身の恐怖が作り出した妄想。彼らはこの手紙をConnorが僕に書いたと思っている。
・Larryが名刺の裏に今夜の通夜の詳細を書いて寄越す。腕のサインが見つかる。
・放課後にConnorの死について校内放送がある。Mrs.Alvarezが講堂に5時から7時までいる。

【i】
・Connor視点。夢かと思った。「よお。見ての通り、お前死んだんだぞ」なんて誰かが教えてくれる訳じゃないんだから。
・いつも通りの日が始まる。幸せ家族がキッチンテーブルに着く。朝食の時間。俺は食べてない。Larryもそう。携帯にかかりきり。Cyntiaも給仕に忙しくて食べてない。俺の両親はファーストネームで呼ばれることを好む。Zoeだけが確かに食材を消費していた。
・ハノーヴァーの私立学校での生活は打ち砕かれた。最終試験とそれから一日をやりきるためのアデロールは良かったが、ロッカーにあったほんの少しの大麻は許され難かったらしい。偽善者共が。
・Zoeの車に便乗する。Connorで有ることのもう一つの特権。妹が車を運転してくれる。何故なら親父から和平の証のオリーブの枝の如く渡されたスバルは今頃どこかのゴミ山の中にあるからだ。別にその夜は鹿が道路に居たわけじゃない。ただ木に突っ込みたかったから突っ込んだだけ。いつもこうだ、咄嗟にひどい思いつきをする。10回のうち9回はただ怪我したまま歩いて行くが、10回目は……。
・その日はカフェテリアでトラブった。パソコン室でもトラブった。ただ自分の正気を保とうとしてるだけなのにそれすら許されない。これがあと170何日も続くのか? どうやって切り抜けられる? 俺にはムリだ。最後の2コマをサボって校舎の外に出る。自由落下の欲を振り切れない。助けてくれるかも知れない唯一の人間に接触を試みるも不発。そして病院で目覚める。家族が居た。床を見つめ、携帯を見つめ、瞼の中を見つめ。
・「124号室、お気の毒ね。Evanと同じ歳なのよ」二人の看護師。一人はHeidi。
・Evanを突き飛ばすつもりはなかった。咄嗟の悪い思いつきの一つ。というかもっと言えば条件反射みたいな、あるいはもっと潜在的な何か。もっと、本質的な。望もうが望むまいが、人生で順調にいっている物事を俺はいつも台無しにする。分かってる。それを止めるには俺は無力だし、それ以上に怯えてる。
・自分の死体を見るConnor。求めてたものを手に入れたわけだ。俺は自由だ。誰も俺の邪魔をしない。誰も行先の角で罠を仕掛けて待ち構えてないし。誰も目が充血してるかどうかチェックしたりしない。一晩中どこに居たのか聞くことも、約束をさせることも。
・病院の誰もが傷ついている。スタッフでさえも。ただ彼らは患者よりは傷を隠すのが上手い。Heidiは不幸の塊のようだった。いつもホールを駆けずり回っていて、それでもきちんとしていた。休憩時間、サンドイッチに手もつけずにEvanの為に大学の資料を探しているようだった。CynthiaにとってConnroはライフワークの筈だが、彼女がそうしているところは見た試しがない。彼女はConnorのことを自分の家のリノベーションの一つの如く扱う。その結果がコレだ。

【Chapter 6】
・家に帰って何が起きたかJaredにメッセージを送りまくるEvan。ほんの数日前に言葉を交わしたんだ。今や僕は彼と再び話すこともない。すれ違うことも、彼が学校の設備を壊した噂を聞くこともない。永遠に。小学校の頃から彼のことは知っていた。彼は一度にその姿を消してしまって、そして僕らは友達でも何でもなかったけれども、彼は未だ僕らのグループの、クラスの、学年の一部だった。
・通夜に一緒に行くかどうかJaredに聞くEvan。Jaredの返事は勿論ノー。ネットにはコナーの死を悼む言葉が溢れている。2,3年前のコナーの写真。まだ髪が短い。ライトブルーのボタンダウンシャツに満面の笑顔。今まで彼がそれを着ているのをEvanは見たことがない。そしてConnorの肩を抱く誰か他の男。切り取られていて肩までしか見えない。包帯が取れるものなら今すぐにでも取ってるのに。
・Mcdougal Funeral Home.Bowers & Franklin.5-7PM。歩いていける距離。通夜への出席は義務付けられているように感じた。僕の葬式には誰が来てくれるだろう? 母さん。確実に来る。曾祖母。来る。でもその他は? 父さんは飛んできてくれるだろうか、それとも花を送るだけ?
・通夜会場。通学路で何度も通り過ぎた場所。今までそこが何のための施設かなんて考えもしなかった。20人以上は人がいる。
・10歳かそこらの時のものであろうConnorの遺影。できれば誰にも気づかれずに帰りたかったが遅れてきた人間は目立つ。Cynthiaと目が合う。
・参列者の中にMrs.Gを見つける。まさかいるとは思いもしなかった。「Connorは特別な子だった」と一言だけ。威圧的で厳しいことで評判の教師。Connorがプリンターを投げつけたその人が、ここにいる。Zoeは見当たらない。学校の皆も。ネットではConnorのことについて色々言っている癖に、実際に通夜に着ているのは一人も居ない。Jaredの言うことを聞いて家にいればよかった。
・Cynthiaに見つかる。本当のことを言おうとする。だが言葉が出ない。「いつでも家に来て。Connorの友達だもの、歓迎するわ」逃げ出すEvan。Zoeとぶつかる。「ごめん、その……お兄さんのこと」自らの身を抱きしめるようにしてうなずくZoe。泣いていたらしい。Connorの棺桶をもう一度だけ見て、会場を出る。

【ii】
・Mrs.Gorblinskiの話。後ろめたくは思っている。2年の時の話。ラインリーダーが一番人気の役割だった。俺にとっては支配権を握れる、いいチャンスだった。少なくともその時はそれが重要だと思っていた。そして本来ならラインリーダーになる筈の日、Mrs.Gから言い渡された役割はラインリーダーではなかった。講義する。誰かが背を押した。頭がカッとなる。視界が潤む。プリンターが両手に触れる。投げ飛ばしたそれがMrs.Gの足で止まる。壊れたトレイが教室の反対側に飛んだ。Ms.Emersonが他の生徒を外へ連れ出した。Mrs.GがConnorを落ち着かせようとした。皆が知っているのはそこまで。
・次の日、プリンターは元の場所に戻っていた。トレイはない。ラインリーダーはConnorだった。Mrs.GはConnorの席を彼女のデスクの近くにして、メモ帳を渡した。何か問題や質問があれば紙に書いてMrs.Gの机の上の器に投げて寄越せるように。
・ただその噂はそのあとずっとついて回った。Connorが悪役で、Mrs.Gは被害者なのだと。

【Chapter 7】
・通夜からの帰り。午後7時過ぎ。Jaredとメール。「夕食を一緒に食べてくれって」「へぇ、いいじゃん。いつ行くんだ?」「到底僕が行けると思えないよ」「写真撮ってこいよ。どんな家に住んでるのか知りてえ」「行かなきゃいけない?」「そりゃな。何話すつもりだ?」「本当のこと」「ははぁ。でもお前にはとっくに偽証罪が成立しちまってるからな。去年の英語の授業でデイジー・ブキャナンについての発表しようとしてオシャカになった二の舞を演じたくはないだろ? なら手元を見つめて突っ立ってただ頷いてりゃあいいんだ」「嘘を吐き続けるってこと?」「嘘を言えとは言ってない。ただ頷いて安心させるだけさ」
・手書きメモ。占星術以外だとよくブルース・スプリングスティーンの歌詞をHeidiは引用する。まるでEvanとどう話せばいいのか分からないみたいに。ノートは丸めて捨てる。この前にスーツを来たのは父の結婚式でレンタルした以来だ。10歳の時。Heidiは行きたがらなかったがEvanが行きたがった。式の後ホテルに帰ったHeidiはヒールを脱いで貰った結婚式のウェディングフォトのフレームを叩き壊した。再婚相手の名前はTheresa。連れ子はHaley。妹はDixie。無神論者だった父が食事の前の祈りをする。そんな想像をしていると母が帰ってくる。もう8時。「学校からメールが届いたの。自殺した子がいるんだって? Connor Murphy? 彼のこと知ってた?」「ううん」。母は長い間美容室に行っていないようだ。
・腕のサインがHeidiに見つかる。「別のConnorだよ、一年生の」その場を凌ぐ。「明日Bell Houseに行かない?」土曜の朝の習慣だった。最近は母が忙しくて行けなかったが。あそこのパンケーキは好きだが、それと同じぐらいに家に居て元気を取り戻したほうがいいように思える。一つの自殺が母に息子に注意を払うきっかけになった。刺し傷、銃傷、昏睡。そういう悲劇にはもう慣れっこなんだろう。でも自殺はもっと身近に感じたんだろう。少し付き合っても悪くないかも知れない。あそこのパンケーキは大好きだし。「薬はまだある?」ロラゼパムをナイトスタンドに起きながら。さよならの代わりにHeidiはこの言葉をよく言う。ブラインドを開けて外を見る。誰も居ない。当たり前だ。
・翌朝。Bell House。「お好きな席へどうぞ」なんて言われると体が固まってしまう。夜にはMurphy家での夕食が待っている。
・Heidiがいつ男性と最後にデートしに行ったかもう思い出せない。Andreasとかいうレザージャケットの男が随分と前に居た気がするが、今どうなったかは知らない。パンケーキとハッシュブラウンとオレンジジュース。
・Heidiが大学奨学金作文コンテストの話を持ってくる。このために朝食に誘ったのだろう。「あなたが大学に行くためならどんな助けだってする。例えあなたの義母が私の知らないところであなたのために信託基金を建ててるとしてもね」母は姿の見えない反対側に住む後妻に向かって中指を立てるために仕事に励んでいる節がある。母は高校時代チアリーダーだったらしいが、その真相を知るのは父だけだ。最も父と自分の間で一番話題にしたくない人物も母のことなのだが。
・Connorの自殺方法について考えるEvan。詳細はわからない。ネットでは皆オーバードーズだと言っている。それが一番もっともらしくて平和だから。でも多分違うだろう。

【Chapter 8】
・Evanの家からConnorの家までバスで40分。車で20分。でも車は運転しない。怖いから。走行テストのときに怖くてトイレから出られなかった。その一週間後にSherman医師の元に初めて診断に行った。数カ月後、ロラゼパムの助けの元免許が取れた。2台目の車を買う余裕がなかったのが幸いだ。
・Ellison Parkの看板の前をバスが通る。この近くに住んでいるのは夏の頃から知っていた。Murphy家は町の新区画にあって、家は大きいし庭は広いし私道も長い。2本のブナの木の間のクルドサックに家はあった。おとぎ話みたいな赤色のフロントドア。僕が今ここにいるのはConnorが居ないからだ。ただそれだけで、でも手に持っている花束は本当はZoeの為。
・「メールのやり取りをしたんだ。秘密のアカウントで」。
・For Forever。Zoeが送ってくれる。青のボルボ。沈黙。家につく。「友達だからって秘密のメールを送ったわけじゃないでしょ。可能性があるとしたら……そう、クスリじゃないの?」「そんな! 冗談だろう、僕が? 違うよ、そんなこと一度もない!」「本当に?」「誓って!」

【Chapter 9】
・どうしてJaredに毎日この悲劇について毎日報告してるんだか分からない。気分が良くなるどころか悪くなる一方なのに。でも彼と話してさえ入れば暗い部屋の中で自分の存在を疑うことは少なくともない。「俺ならメールを造れるけどな」
・「初心者のためのジャズ」プレイリスト。ジャズが分かるわけじゃないけど努力はしてる。音楽がどこかへ自分を連れて行ってくれくれることを期待しているがそうなったことは一度もない。「もう夕飯は食べたの?」Heidiがやってくる。「エッセイの内容を考えないとね!」
・次の日。Zoeをカフェテリアで見かける。笑いかけるが彼女は真顔でカフェテリアから去っていく。僕は彼女の眼中にないのだ。代わりにJaredを見つける。「メールは?」「メールは電子メールの略。1971年、レイ・トムリンソンがその技術の発明者として知られてるが実際その語源はシヴァ・アヤドゥライが作ったもんだ」「こっちは真剣なんだぞ」「二万ドルな」「20ドルなら払える」「放課後16時に会おう。場所は連絡する。」

【Chapter 10】
・ジムWorkout Heaven。Jaredはここの会員らしい。「ここで運動してるの?」「両親はそう思ってる。ホームワークには最適だぜ、ルームランナーで走る女なんてお前見たことあるか? 何れにせよこんなこと家じゃできねえ。ここはオープンWi-Fiが通ってるから追跡されにくい」「でも学校の誰かに見られたら?」「周りを見てみろよ。ババアばっかだぜ?」ジムを見てみる。殆ど空だ。Sincerely, me。それぞれ6通、合計12通のメールを捏造する。「印刷し終わったらもう一つ頼みたいことがあるんだ」「おっと20ドル分はここまでだ」「本当に? Murphy家がどんなところに住んでるのかみたいって言ってなかったっけ?」その日の夕方、Jaredの運転で印刷したものをポストに入れに行く。気分が悪くて吐きそうになる。火曜日のこと。

【iii】
・ノーマン・ロックウェルの絵画みたいに家族が集っている。生きていたときも家族は俺のいないところで俺について話していた。Dear Evan Hansen。Larryはラフロイグを飲んでいる。この手紙は何だ? 「ちぐはぐ」? そりゃそうだ、書いてるのは俺じゃないんだから。
・林檎園。何も思い出がない。いい意味で。トラウマも喧嘩沙汰もなかった場所。さも普通の家族のようにいられた場所。母親が昼食を持っていって、でこぼこした丘をZoeと転がって、父親は仕事を休んで。
・親父は一つの疑問に一つの答えがあると思ってる。だが母親はいつまでも答えを探し続ける。彼女の手の届く範囲なら何から何まで。それが時には拷問のように思える。特に自分がモルモットの場合は。
・妹の言葉を聞くのは心地良いものじゃないが、喜ばしいところもある。せめてもの釈明だが。つまり俺がしばしば言っていたことと同じだ。「この家族を汚染してるのは俺じゃないのかもしれない。あべこべなんだよ」。俺の家族はついぞ俺の人生がどんなものかしらなかった。それがここまで俺が心の壁を高くした理由だ。時折「ある友人」のことに言及したことはあるが――彼らが俺を信じたとは思っていない。だってその名前さえ出したことないんだから。ただZoeの言ったことだけは真実だ。何度か彼女に向かって叫んだこともあるし、ドアも叩いた。でも殺してやるとは一度も言ってないし、実際傷つけたこともない。『空騒ぎだけで意味あるものはなにもない』(マクベスより)、それが俺だ。
・妹の部屋に最後に入ったのはいつだったか。部屋は整っているんじゃないかと思ったが、実際中身は混沌としていた。
・マクベス夫人も有名な有名な自殺者だ。彼女の台詞には下線を引いた。破壊から恒久的な満足は得られない。ただ一つの現実的な解決法。それは自分自身を壊すこと。
・Requiem。Zoeの作曲として。昔は仲が良かった。父の名前がレターヘッドにあった頃は休暇の度にホテルに止まって同じベッドで寝たものだし、X-menごっこも、昔の家では猫も何匹か飼っていた。母は猫を病原体だと嫌っていたが。Zoeはチョコレートが好きだった。俺は酸っぱいものが。いつしか彼女は俺と競い合うのを辞めた。「レクイエムなんて歌わない」。俺はこれをララバイだなんて認めない。

【Chapter 11】
・水曜日。Mr.Lanskyが小テストを回収する。Murphy家はあのメールを読んだだろうか? 昼休み。名前も知らない生徒が声をかけてくる。
・夏の間上司だったレンジャー・Gusのことを思い出す。フードトラックで一番好きなのが韓国風タコス。そうだ、今夜は母さんとタコスを食べるんだった。隣に誰かが座る。Alanaだ。「Jaredが言ってたわ、Connorとあなたが親友だったって」Connorのブログを作ったと。「あのConnorの写真。写ってるもう一人はどこなの? あなたなの?」息もできなかった。「やっぱり。頑張ってね」。
・入れ替わりにJaredが来る。あのConnorの写真で作ったバッジを胸につけて。「1つ5ドルで売るんだ。お前は特別に4ドルでいいぞ」「これで儲けようって? そんな……」「俺だけじゃない。Sabrina PatelはConnorのイニシャルが入ったリストバンドを売ってるし、Matt Holtzerの母親が作ったTシャツも売られてる。今が売りどきなんだよ」「こんなの要らないよ」バッジを投げ返す。Jaredの肩越しにZoeが見えた。Jaredは歩み去る。「私の兄の顔を胸に付けたくないって?」。「あいつはきっと大嫌いでしょうね、こんなの。そう思わない?」そう言って彼女は去っていく。
・パソコン室。一週間前にConnorが手紙を盗っていった場所。もしあんな手紙をここで印刷しなければ、あの日にセラピーの予定を母が入れなければ彼は生きていたかも知れない。腕を骨折していなければこんなややこしいことにはならなかったかも知れない。「幸運だった」と皆言うけれど、とてもそうとは思えない。でもまあ、多分そうなんだろう。背骨を折っていたら、脳震盪を起こしていたら。もっと悪い。Gusが病院まで運んでくれた。理由を聞かれた。でっち上げた。清掃をしていたら野放しの犬がいたのだと。「なんで無線で呼ばなかったんだ?」彼は怒っていた。EvanはGusのことを友人のように思ってしまいがちだった。「お前が負傷してるのは分かってる。けどな、ここから学ばないんだったらお前のその怪我にも何の意味もなくなるんだぞ」。非難も甘んじて受けた。むしろ感謝しているぐらいだった。「親御さんには連絡したか?」Gusの反応は父親のそれよりも良かった。次の日に父と電話した時、父はHaleyが去年手首を骨折したこと、そして如何に早く回復してスポーツが出来るようになったかを述べた。いい気分にはなれなかった。不器用さを誂ったり、ただ同情してくれたり、或いは父自身が小さい頃に骨折した話をしてくれればよかったのに。「母さんに留守電は入れました」。偶然にもその日母は病院にいなかった。安心した。
・週五日、二ヶ月間も会っていたにもかかわらず見習い期間が終わってからGusとは話していなかった。Gus自身と公園のソーシャルメディアアカウントを作るように進めたけれども、Gusはテクノロジーが社会をダメにすると考えているタイプだった。彼がオンラインになっていることは滅多にない。
・夜。Cynthiaからメールがきていた。「コピーを受け取りました、ありがとう。お願いがあるのだけれども、彼の薬物乱用について何か手がかりになりそうなメールはない? 例えば誰からドラッグを受け取ってるのか名前が出たことがないかとか。夫は時間の無駄だと言うのだけれど。それからまた会えるかしら? 明日の夜は空いてる? 良ければまた夕食を」。なんで本当のメールアドレスを使っちゃったんだろう? 自分も偽のアカウントを作ればよかった。あのメールじゃ満足しなかったんだ。机を見る。奨学金のエッセイの書類も山積み。駄目だ、止めないと。名前はなかったって言おう。真実なんだから。「大丈夫?」母の声。いつも来てほしくない時に来る。ロラゼパムは即効性じゃない。「Jaredとメールしてたんだ」「最近はよく彼と過ごしてるのね。だからいつも言ってたでしょう、彼はあなたのいい友達になるって」「あぁ……本当に」「もう出るけど、お金はテーブルの上に置いておいたから。何でも好きなものを頼むのよ、良いわね?」「タコスを作るって言ってなかった?」「嘘。……あぁ、なんてこと! 完全に忘れてた、ったく! ……ならこうしましょう、何かあったら私にメールして、そうしたら返信するから。その方が自分のペースでできるでしょう? タコスは明日にする?」「明日は……忙しい」「あぁ、遅刻だわ!」「行ったほうがいいよ」「駄目よ、決めておかなきゃ……」「大丈夫だから」。

【Chapter 12】
・Connor Murphyのダブルベッド。木製の床。白い壁。映画とバンドのポスター。自分で作ったらしい作品の数々。ナイトテーブルのルービックキューブ。ジョークアワードのリボン。I PUT ON PANTS TODAY。一時間早く着いてしまった為、夕食が出来るまでConnorの部屋にいるといいと言われてしまったのだった。自分の部屋はベッドはこの半分の大きさだし、床はカーペットだし壁はライトグリーンだったが、どこか親近感があった。スポーツに関するものが一つもないところ。それから本棚。銀河ヒッチハイクガイド、ライ麦畑でつかまえて、グレート・ギャツビー、ピッツバーグの秘密の夏。学校で配られたマクベスのコピー。カート・ヴォネガットが6冊以上はある。矛盾するようにも思えるが、いくらかは図書館のものも。ジョン・クラカワーの荒野へは自分も持っている。彼と自分が同じ本を読んでいたなんて妙な気分だ。どんどん共通点が増えていく。
・カバーもタイトルもない本が一つあった。スケッチで埋め尽くされた日記。傘を持って雨靴を履いた男の絵。ネズミと蜘蛛が空から降ってくる絵。蜘蛛とネズミで埋め尽くされた地面。「生物中毒」。ちょっとおもしろい。「どうして兄の部屋にいるの?」Zoeがくる。
・「こんな時間にここに居て、親は心配しないの?」「母さんは殆ど夜は働いてるか授業だから。法律系の」「本当? 私の父さんは弁護士なの」
・Heidiは占星術とスタジアムロックに凝っているけれど、本当にのめり込んでいるものはない。何度かハイキングに誘ったけれど、虫が嫌だと言っていた。
・「母さんがメールしたこと、ごめんなさい。しないほうがいいっていったんだけど。あの人、兄さんがハイの時に気づいたことは一度もなかったの。ハイの時はゆっくり喋るんだけどね、母さんはそれを見ても「あの子は疲れてるだけ」って言ってた」。「なんで兄さんはあんなことを書いたの?」。If I Could Tell Her。「コンサートで起きてたなんて思わなかった。両親はいつも兄さんを無理矢理行かせてたけど」「髪に青のメッシュを入れた時なんていつも誂ってきたのに!」そしてキス。出ていくZoe。
・「お前、死んだ兄のベッドの上で妹にキスしようとしたんだぞ?」「そう書かれるとホントに最悪な状況に思えてきた」。Cynthiaが2度目の夕食の知らせをドアの前までやってきてした。窓から飛び降りようかと思った。でもこれより高いところから落ちて生き延びたんだもんな。夕食にZoeは表れなかった。自宅では見た試しのない手作り料理。Cynthiaはメールを見つけたか訊いてくる。Larryはそんな妻の様子にうんざりしているようだった。臆病でいることは息をするほどに簡単。「何も見つかりませんでした」。Connorの話題を避けたいのに、結局彼の話題に戻ってしまう。僕に出来るのは彼らが聞いて幸せになることを言ってやるだけ。自分もそうしてもらいたいのだけど。

【Chapter 13】
・通学中にバスでDr.Shermanへの手紙を書く。今日は良い日になる、なぜなら雨の予報がなかったから傘を持たずに住んでリュックが軽いから。Zoeにキスしようとしてから4日が経っていた。人生3度目のキス。1度目は通りの向かいのRobinと、ただの好奇心で。2回目はAmy Brodskyと10歳の時。ころっと惚れたけど次の週だけで他の男二人に同じことをしていたのを見て目が冷めた。Zoeとのキスはそれらとはぜんぜん違う。寝食もままならない。母が夜に仕事から帰ってきても寝たふりをするだけで、でもPCの前にはMurphy家からのメールが来ているのを見るのが怖くて座れない。あの夜からコンタクトはきていない。もういいのかもしれない。
・学校。Zoeの姿は幸運にも見ていない。Ms.BortelとHoward校長の騒動。Bortelが校長を訴えるとかなんとか(よく読めてない)。
・昨日あたりから、昼食の時に最初Connorと自分の話が出回った時ほど人は集まらなくなった。ぼっち仲間のSamがいる。軽く挨拶をするぐらいの中でしかないけど、二人共家からパックの昼食を持て来て一人でいる方が好きで、カフェテリアで居場所のない人間。でも少なくとも彼は最後の項目は自分で選べるらしかった。一人でサンドイッチを食べる。昼食を食べる姿を見られたくない筈なのに、望んだ状況の筈なのになんでこんなに妙な気分なんだ? Connorはどこに誰と座って何を食べていたのだろうか。考えてもみなかった、他の人間からした自分と同じように。携帯を見る。週末に興味のある映画が公開するみたいだけど、三部作で前の2作はまだ見ていない。トップニュース。誰かの名前が祭り上げられていたけれど、それもうConnor Murphyの名ではなかった。
・ロッカーを占めるとAlanaがいた。リベラル・アーツ・カレッジの学部長みたいな格好。将来なってもおかしくない。「見せたいものがあるの」。ホールのゴミ箱に捨てられた、Jaredが作ったあのバッジ。「これで3つ目、一つは駐車場、もう一つは女子トイレのゴミ箱。みんなConnorを忘れてMs.Bortelが生徒と寝たとか校長と浮気してるとかいう話題に移り始めてる。あなたはConnorの親友としての責任がある」。一概にバカバカしい主張ともいえなかった。実際、この学校に僕より彼に親しかった人はいたんだろうか? 「Zoeに何かないか聞いてみて、文字通り彼の妹なんだから、注目を集めるには事欠かない」「でもそれが最善とは限らないんじゃないかな」「あなたが何もしなかったらConnorのことなんてみんな忘れる。それでいいの?」返事を迫るAlana。ゴミ箱に捨てられたConnorの顔。自分がこうはなりたくない。ならどうすればいい?
・Dr.Shermanがラップトップに表示された手紙を読む。爪を噛んだ。母がこの医師を選んだ理由は、実際彼が若手で健康保険がきくからだ。僕からすれば十分年をとっているように思えるけど、母によればたったの30だと。彼の時間を無駄にしたくはなかった。この世のどんなセラピストでもきっと僕を直すことは出来ないんだろうと時々思う。「最近の調子は?」どうだろう。めぼしいことは何も? 良くはない? 悪くないわけじゃない?「正常ではないだけです」全部は話せないけど、言えることはある。Dr.ShermanにConnorがどう死んだのか、どう皆が彼のことを話しているのか、そしてもう彼の話題に飽きて新しいものに飛びついていることを話す。「それが悩み?」「ええ、はい。ただ、正しいことじゃないと思うんです。こんな……彼がこんなにもすぐに忘れられてしまうなんて」「今の君の話し方、まるで君のお父さんに起きたことを話していた時とまるで同じだね。彼の奥さんが妊娠して、もう一人息子を授かると知ったあの一月前と同じだ」
・帰って前に見た映画を見る。視線は画面にあったけど実際に見てはいなかった。Dr.Shermanが同じことをくどくど繰り返すのが好きなのは知ってたけどうんざりだった。そうだ、Theresaは妊娠していて父さんは新しい息子を持つようになる。でもなんで今それを持ち出すんだ? 小さい頃、弟か妹がほしいとせがみはしたけど今となってはお断りだ。母が隣に座る。帰ってきたのに気づかなかった。「何見てるの?」Vivian Maierのドキュメンタリー(ヴィヴィアン・マイヤーを探して)。「彼凄いわね」「彼じゃないよ、彼女」「わかってる、そうじゃなくて、これを一つにまとめて世に出した監督がよ」。たしかにそうだ。彼が居なければ誰もVivian Maierのことなんて知らなかっただろう。監督のJohn Maloofは変人で眼鏡で肌もあれてるし若すぎる。でも彼がVivianにスポットライトを当てた。彼が彼女を救ったんだ。ブランケットから腕を出して、包帯に書かれた名前をもう一度見た。

【Chapter 14】
・「今日は早いのね」「終わらせなきゃいけないことがあって」「奨学金の作文でしょう?」「あー、それは、まだ。でもアイデアはたくさんある」完璧に忘れてた。「そうだ、本当にまた夜出かけなくていいの? 次は絶対一日出れないってちゃんと上司に約束させるから」もう50回もあの夜のことを誤ってくる。「じゃあ、そのときは言うから」「待って、どこいくの? 大丈夫? 先生の方がうまくいってないの? あぁ、今年のMother of the Yearの景品はどうなってるの?」「母さんは当確だよ」彼女は両手の親指を上げて軽くダンスした。
・ホームルームに向かうAlanaを捕まえてパンフレットを見せる。バッグの中には一ダース以上ものパンフレットの試作品。「Connor Project? いいわ、喜んで副代表になってあげる、いや共同代表者にすべきね。Ms.Bortelなんてクソ食らえよ」
・Alanaと一緒に昼食のときにJaredへ話をしに行く。「じゃ、俺は技術相談役な。名前を載せる代わりに通常料金からはいくらか差し引いてやるよ」「何でもいいけど、ウェブサイトに書けばいいだろ」「駄目だ、普段の会話でそう呼んでくれなきゃあ」「それなら会計係の役目もあげる。大学の入学書類に書けるわよ」Alanaの顔をJaredがじっと見つめる。「親が喜ぶな。分かった。で、もう飯食っていいか?」「待って。今夜Murphy家に挨拶しに行かないと」「士気を高めるにはいいかも」「じゃ俺が運転するわ。時間教えてくれ」「あともう一つ、手始めに全校集会を開くのはどう? 校長先生に打診するから」Jaredが去るよりも早くAlanagが言って去っていく。昨日の夜までぼんやりとしていたのが急に現実味を帯びてきた。
・JaredのSUVがConnor家のC字型の車道の真ん中に急停車する。通りに停めろって散々言ったのに。「これじゃあインタビューみたいじゃない?」「人生はインタビューよ、Evan」そんなのどこで学ぶんだ? 彼女の親はものすごく成功している人間に違いない。きっと片方は判事でもう片方は外科医だ。「ドアを開けてくれるメイドはいないのか?」「この家にメイドなんかいないよ」「見ろよこの柱のデカさ! きっとスウィンガーズに違いないぜ」「はぁ? 違うよ、普通の人達だって」。Connorのバッジをはずさせる前にドアが開いた。Cynthiaだ。Jaredのシャツに付いたバッジを彼女が見たが、反応を見る前に中に招かれた。緊張で手汗が出る。CynthiaがLarryと共にキッチンから戻ってくる。ポロシャツとキャップ姿。仕事をサボってゴルフに行ったみたいな格好。Zoeがその後ろから来て自分の隣りに座った。
・Disappear。「彼はもういません、でも彼の遺したものはまだある」「サイトを作ったんです。教育機関へのリンクと行動の呼びかけを目的としたもので」「ソーシャルメディアとか、地域イベントを通して……Connorみたいな人を助けたいんです。名付けてConnor Project」。Alanaがパンフレットを配る。「今週の金曜日に集会を開くんです。だれでも参加して、話し合える」。室内は気味悪いほどに静かだった。「Connorがこんな人々に影響があるだなんて知らなかった」Larryが言う。「とんでもない! 彼は私の身近な知り合いの一人でした、化学の授業ではラボパートナーだったし、英語のクラスでHuck Finnについて一緒にプレゼンしたし、本は彼が選んできたんです。クラスの誰もが考えもしなかった」「僕思ったんですけど、集会の時、ジャズバンドもなにか出来るんじゃないかって」Zoeが視線を上げた。「あぁ、うん、そうね……Mr.Contrellに聞いてみる」Jaredが背中を叩いた。「やるじゃん」「ありがと」食いしばった歯の間から答える。「なぁ、どう思う?」Cynthiaは珍しく殆ど言葉を発していなかった。「あぁ、Evan、こんな……こんな、素晴らしいわ、ありがとう」テーブル越しに握手される。恥ずかしさを忘れてしまうぐらいに気分が良かった。
・再びConnorの寝室。AlanaとJaredは帰った。CynthiaはConnorのクローゼットを見ている。壁越しに聞こえるギターと歌声。Cynthiaが振り返る。手にはネクタイ。「中学一年生のときにね、私の女友達が言ったの。『成年式の時期が来るから毎週土曜日はパーティーに呼ばれることになるよ』って。だからスーツとシャツをいくつかとネクタイを買ってあげたんだけど……あの子は一度も呼ばれなかった」。彼が着けたのことのないネクタイ。「あなたのスピーチのときに着けていって」「僕のなんですって?」「Alanaが言ってたじゃない。あなたが最初に喋るんだと思ってたんだけれど」「僕はそんな……」パニックは塩っぱい感覚だ。水で一杯の小さなガラスタンクの中に立っているような感覚。そしてその水は海から来ている。気づいたときには口元まで来ていてあっという間に溺れてしまう。タンクから出る方法はない。ただ水が自分を取り囲むのを待つだけ。溺れる感覚は実際に溺れるよりも悪い。溺れているのならまだ平和。溺れそうなのはただただ苦痛なだけだ。「その、うまくないんです、人前でしゃべるのは……本当に、だから期待しないで、本当に」「何言ってるの、あなたにしてほしいの。学校のみんなもあなたの話を聞きたいと思うわ、私もLarryもZoeも……考えておいて」。そう言って彼女はConnorの部屋から去る。Connorのネクタイ。厚くてざらついている。紺に水色の斜めのストライプが走っている。暗くて荒い海の波のよう。彼も空気を求めて水と格闘したんだろう、もう戦いたくないと思うまでは。
・Zoeが来る。「歌うの知らなかった」「ううん、上手くないの。先週の日曜日Capitol Cafeで歌ったのが初めて」「そんなことないよ」「あの夜、あなた私にキスなんてするべきじゃなかった」「わかってる、ごめん」「でも私も過剰反応しすぎた」「違う、そんなことない。今でもなんでやったかわからないんだ」「どうしてあの日、兄はあなたを押しのけたの?」「え? ……前に言わなかったっけ?」「信じられない」塩っぱいものがせり上がる。心臓が音を立てる。「彼は僕にもっと外交的になるように行ってきて……それが時々嫌になって、それで……」「母さんはConnor Projectとかで随分とあなたのことを気に入ってるけど、どうもちぐはぐな気がする」「多分人が死んだらみんなそうなるんだよ。ある人が死んでしまった時、悪いことばかりを思い出す必要はない。ただいつまでも彼らのことを覚えていれば、彼らはそこに居続ける。それだけだよ」彼女は暫く立ち尽くすと頷いて、向きを変えると出ていった。

【iv】
・電柱にフライヤー。Connor Project Kickoff Ceremony。どうして見逃せようか? 生徒に教師に地元紙、あまつさえ両親だって出席してる。スピーチ、プレゼン、Zoeとジャズのパフォーマンス。皆自分が彼らにとってどれだけ意味があったか話し合っている。隔絶、無価値、孤独感。なんだって俺の感情が分かるっていうんだ?
・「Connorの親友」と言う人間がスピーチに出てきた。あいつが出てくるだなんて、ありえるか? 身震いした。近寄って探す。けれども出てきたのはガチガチに緊張してぼんやりしている、彼とは似ても似つかない人間だった。ちょっとでも期待した俺が馬鹿だった。Evan Hansen。他の親友。どうして俺のネクタイを着けてる?
・ネクタイを母親が買ってきた時。母親はいつだって夢想家そのものだ。彼女のバブルを弾けさせるよりはそれにおとなしく付き合ってやったほうがいい。ならせめて「特別な機会」がもうじきやってくると思わせておこうと思った。
・Evanの登壇。出てきてから一分間、挨拶すらせずじっと手元のカードを見つめていた。Autumn Smile Apple Orchardに行ったこと。木に登ったこと。そして落ちて。カードが落ちてまた最初の挨拶に戻ってしまう。客席がざわつく。哀れなやつ。涙で目が潤んでいた。身に覚えがある。一度溢れ出すともう止められないんだ。皆が見ている前で自分は何も身を隠すものもなくて、守るすべもないのに周りが襲いかかってくる。慈悲もなく。

【Chapter 15】
・何百人もが僕が何かをするのを待ってる。ステージの上で膝が震える。カードが落ちる。涙をこらえるとネクタイが見えた。終わらせなきゃ。カードは落ちたままにして、何度も頭の中で繰り返した話をする。You will be found。「落ちて……それで、目を開けたらそこにConnorがいた」。彼はどういうわけだかいつもいた。夜の暗闇。腕の名前。「僕はひとりじゃないってことを教えてくれた。だから僕らは皆、彼にもそうしてあげたいと思ってるんです」。そしてハッとした。恐怖が戻ってくる。現実。今何処にいるのか。何をしているのか。何を言っているのか。何を言ってるんだ? 沈黙だけが残る。本当に話したのか? それともただの妄想だった? パニックが押し寄せる。背を向けて逃げた。後ろは見なかった。

【v】
・「何だったんだ?」と言わんばかりの硬直が到るところに満ちていた。冗談かと思った。だって彼の話は現実じゃないから。でも話し方はまるで本当のことのようだった。まるで彼がそうあってほしかったように。
・ここ数年は母からの「あなたは芸術的」だとか「面白い」とか「情熱的」だとかいう激励の言葉も少なかった。別にそれを真に受けたことはない。ネガティブなフィードバックに反して、耳に心地良い言葉は殆ど記憶に残っていない。そしてそれはお世辞を言った相手が誰なのかにもよる。やりすぎな母親からの言葉は殆ど覚えていないし、滅多にそういうことをしない親父の言葉は割とよく覚えている。一番記憶に残っているのは……
・あのスピーチは本当の友達の間柄からきたようにも思えた。彼の為に俺はここに来た。賭けたんだ。周りはざわつき始めていた(結局いつもどおり、俺は結局自分で自分を痛めつけただけだった)。最初はまばら(これで何が変わったっていうんだ?)。そして着実に(俺は何者でもないのか?)。ふと気づいた。そしてゆっくりと、まるでそれが答えであるかのように音が聞こえた――拍手だ。

【Chapter 16】
・次の日。枕に顔を埋める。朝から数えて3度目の携帯のバイブが聞こえた。昨日の大失態。集会の終わりを見届けるまで待てなかった。授業をサボってそのまま家に帰った。最悪だ。
・まだ携帯はなっていた。Alanaから。仕方なく取る。「今何処にいるの? もしもし?」ロラゼパムを飲んだ。スピーチから12時間が経っていた。もう二度とベッドから出られない気がする。「聞こえてる」「見た?」「何を?」「スピーチよ。誰かがネットにビデオを載せたのすごいわ、今朝Connor Projectのページは56人しかフォローしかしてなかったの。でも今は4000人以上!」そんなの全校生徒より多いじゃないか。ラップトップを開いてブラウザを見る。もう6000人もついてる。何が起きてるんだ? 「すげえな、そこら中お前のスピーチでいっぱいじゃん」Jaredからのメッセージ。全世界からのメッセージ。「ありがとう、Evan Hansen」。
・メールボックスにはたくさんのメールが届いていた。ダイレクトメールじゃない。英語教師からもあったし、どういうわけかSamからのものもあった。「Evan、誰か来てるわよ」。青のボルボ。なんでZoeが? 母はMurphy家と彼女に何があったのか知りもしないだろう。秘密にするつもりじゃなかったけど、そうなってしまったから。出て挨拶をする。「どうしてここに?」彼女はうつむく。泣いていた。「なんで泣いてるの?」「スピーチで言ってくれたこと。あなたが私の家族に、私にしてくれたことに」彼女が顔を上げて一歩近づく。そして僕と彼女の唇がまた触れた。今度は僕がしたことじゃない。「ありがとう、Evan Hansen」。そして彼女は玄関から去って、自分一人だけが残された。

Part two
【Chapter 17】
・「どうも、Connor Project共同理事、副会計、メディアコンサルタント、最高技術責任者、クリエイティブディレクター兼創造公共製作戦略部公共政策理事のAlanaです」「Evanです。共同理事の」。初のライブストリーミング。気が進まなかった。あのビデオはサイトでも見れるようにした。Jaredのお陰で誰がビデオにアクセスしたかのデータも分かるようになった。AlanaはそれぞれConnorから学んだことを話してほしいと頼んでいた。Cynthiaからは忍耐を、Lattyからは共感を。自分は希望を。実際問題、それだけは本当のことだったから。Zoeは僕よりも自分のビデオを撮影するのにナーバスだった。結局彼女は自立と自給自足の重要性について話した。それが彼女が元々考えていた答えなのだろうと思ったけれども、あえて質問はしなかった。聞いてほしくなさそうだったから。
・Autumn Smile Apple Orchardは現在売出し中。「Connorは木を愛してたんだ」Alanaの原稿どおりに読む。サイトはアクセス数が多すぎて2回ほどクラッシュした。Jaredは困っているようだった。彼と僕はこの熱狂ぶりに圧倒され、そして二人共、誰も真実を知らないほうがいいだろうということに合意した。元々人を助けるために始めたことで、今や真実はただ誰かを傷つけるだけだろうから。
・スピーチから丸一週間が経過した。未だに新しいフォロワーは増え続けている。でも一番最初からいるフォロワーのいくらかはもう興味を失いかけていた。新しい行動が必要。だからJaredはメールマガジンの登録フォームを作って、Alanaは「What Connor Taught Me」の動画を僕らに作らせた。「果樹園を復活させるのが彼の夢だったんです」Alanaがデジタルレンダリングされた果樹園の画像をアップする。JaredがAlanaに無料の3Dモデリングソフトを紹介して、彼女はそれをたった一度の週末でマスターしたのだった。オンラインファンドレイジングのスタートアナウンス。3週間で50000ドル。Cynthiaにこのことを話した時、彼女は僕のことを今まで経験したこともないぐらいにきつくハグした。「夢を現実にするんです」。ビデオ終了。「次はリハーサルしてからにしましょ」時々共同理事じゃなくて副理事なんじゃないかと思うことがある。まあいいんだけれど。Alanaの笑顔。彼女は思ったほど頻繁には笑わない。一瞬後にはもう冷たい顔だ。「それじゃあ私は果樹園のプロモーションにポストカードを印刷するから。街中に配るのを手伝ってくれると嬉しいんだけど」「勿論、いいよ。助けが必要なときは教えて」「オーケー。じゃあ私はやることが大量にあるから、お楽しみがあるんでしょ。また後で」。通話が切れる。振り返るとZoeがいた。
・ZoeとEllison Parkへ。「韓国風タコス、食べたこと無いって言ってたから」。「変な質問かもしれないけどさ、ギプス、どうしたの?」医師がそれを取った後、どうするか聞いてきた。本当は捨てたかった。災いを呼ぶことしかしないから。でも「取っておいた」。どうしてかは自分でもわからない。僕の答えに彼女は満足したようだった。タコスにも。「それで、夏の間ここで働いてたの? パークレンジャーって何するものなの?」「まぁ、僕もあんまりよく分かってないんだけれど、聞かれたら答えないといけないから色々なことを知ってなきゃいけない。エコシステムとか、地理とか、植生とか、歴史。あとは休憩所の掃除とか、地図の補充、電球の交換。応急処置のやり方も念の為覚えてないといけないし、公園内の警察みたいものだから条例も覚えないといけないし、それをみんなに守らせないといけない」「随分楽しかったみたいね」「うん、まぁ」。行く場所があってやることがある。仕事時間の半分ぐらいはここに仕事に来ているということを忘れていたりもした。「それで、あなたとConnorはここで木々について話したの?」「勿論」「昔から自然に親しかった?」「多分ね、父さんから教わったんだ」。父がコロラドへ移った理由でもある。東海岸は混み合いすぎてると感じたらしい。母は緑に逃げるのはTheresaを追いかけるための言い逃れだと言っていた。「両親が離婚する前、父さんは何度か釣りに連れて行ってくれたり、あとは週末公園でキャンプだってしたんだ」。「ハリケーンが来てもこの木々は変わらずここに立ってるんだ、本当だぞ」父の言葉。木の間にハンモックを吊るして寝る父が心配で仕方なかった。でも次の朝見た時変わらず父はそこに居て、次もまたここに来ようと言った。でも次の機会は来なかった。
・父は僕のスピーチのことなんて勿論知らないだろう。「お父さんにスピートは見せないの?」「見せようとは思ってる、けどあの人仕事で忙しいし、Theresaは妊娠してるし。それに新しい家を探してる。新しい子供が生まれる前に引っ越したいって言ってたから」「待って、赤ちゃん? 男の子、女の子?」「男」「嘘、すごいじゃない。じゃあ弟が出来るってこと?」「多分」。あまりこの話はしたくなかった。Zoeは静かになった。「でも、あなたきっといいお兄ちゃんになるわ。それにお父さんがあなたのしたことを知ったら、忙しいなんて言ってる暇も無いと思う」でも彼女は真実の半分しか知らないんだ。
・「20年代、Ellisonって男が住んでた。でも本当はHewittって名前。Ellisonは後から作られた名前なんだ。あおれでJohn Hewittの家で火事が起きて、奥さんも子供も亡くなった。それで彼は自分の土地を家族の記憶代わりに公園にした。Ellisonは彼の妻のEllenと、彼の子供のLilaとNelsonの名前を組み合わせた名前。上司が教えてくれたんだ」。でもGusはその家がどこにあったのかまでは教えてくれなかった。「目と鼻の先にあるのに、こんな場所があるなんて忘れてた」「夏の間はどうしてたの?」「昼間はリバーサイドのキャンプで働いてた。あとたまに夜に大通りのヨーグルトショップで」。僕は彼女がそこで働いていると聞いて以来夏の間一度もそのヨーグルトショップの前を通ったことが無いかのようにうなずいた。靴は登山用の靴。
・「12歳の時、家出しようとしたの。両親はConnorのことで四六時中夢中になってて、寝袋をもって公園に行って彼らが私を探しに来て見つけるまで出ていこうとしたの」Gusが言っていた。朝の清掃でホームレスの連中を一掃するのが仕事だと。「ムーンライズ・キングダムは見た? ああいう感じ。レコードプレーヤーは持ってなかったけど、バッグいっぱいに食料を詰めて。でも結局しなかった。公園の角まで来て、あんまり暗くて怖いから帰ったの。ベッドの下に潜って寝て、母さんが起こしに来るときに私を探すかと思ったけど……気付きもしなかった」Clover Fieldと楢の木への道。「そうだ、Capitolの話したよね? 次の週末にまたあるの、多分私も出る」。CynthiaからZoeにメール。「もっとメールはないかって。ごめんね、面倒くさいでしょ」「そんなこと。今ほしいって?」「ううん、いつでも、できるなら」なるほどね、いつだって。地面に落ちる。ずっと長くは飛び続けられない。醜くて重大な真実がいつだって僕を引きずり降ろそうする。

【Chapter 18】
・カフェテリアの「The Zone」。権力者が座るところ。そこで自分の名前を聞いた。前列に座るのはRoxanna。Roxと新しい彼女のAnnabel。Kristen Caballeroは可哀想に他のテーブルへ追いやられてしまった。Roxが声をかけてきて、Anaabelが僕を見る。3年間同じ学校にいて初めてだ。The Zoneをやり過ごして電卓みたいなサイズと形をしたハッシュドポテトを食べているJaredのテーブルに向かう。「もっとメールが必要なんだ。放課後会える?」「今日は無理、歯医者の予約がある」「明日は?」「多分」時間を無駄にしたくはなかった。Jaredは需要と供給が釣り合わないことの重大性をよく分かっている筈だ。「どうやるのか教えたくないんなら、一人でやったっていいんだ。十分やってるところは見てきたんだから」「へぇ、そうかね?」邪悪な喜びが彼の顔に満ちる。「じゃあグリニッジ標準時に揃えるのも忘れるなよ。でなきゃタイムゾーンがバラバラになっちまう」うん、無理だ。「分かった、じゃあ明日のいつ?」「サーイエッサー。GMT-4のヒトナナマルマル」「なんて?」Jaredが呆れてぐるりと目を回す。「5時だよ」「4時にして。夜は用事があるんだ」ハッシュドポテトの最後の一欠片をじわじわ食べているJaredを置いて、新しいホームベースに向かう。Zoeのテーブル。いろんな人が居た。ジャズバンドのミュージシャン、ゴルフチームの子、初めて見た顔、女子サッカーのゴールキーパー。そしてZoeの友達のBee。「ハロウィンの服は決めた?」「まだ決めてない」仮装をするには年を取りすぎていたし、校則でコスプレは禁じられていた。Zoeがペアで仮装をしようと言ってくる。ついに一人じゃなくなったんだ。
・翌晩。Workout Heaven。周囲の人々を憐れむかのようにキャンディのバーを噛み砕くJared。「こいつはどうだ? ”They tried to make me go to rehab I said, no, no, no “」「歌じゃん」「いい歌だろ」「変えて」「”リハビリには戻りたくない。でもヤクの為に野郎のブツをしゃぶらなきゃいけなくなるなんて話も聞くし……”」「ちょっと!」「事実だぜ。テレビで見た……で、腕はどうした? 治ったんならなんでまだそんなふうに握ってんだよ、気味悪いな」気づかなかった。10のメールを書き終える。「”あの超絶クールなJared Kleinmanを知ってるか? 仲間に入れてトリオにしたらどうだろう?”」「ねえちょっとJared、それはない。明らかにない」「なんでだよ、そろそろ話を膨らませても良い頃だろ? これじゃ陳腐なままだ」「駄目だって。僕だけが彼の友達だったんだから、分かるでしょ。でっち上げないで」。Jaredが眼鏡を外してシャツの裾で拭く。筋肉もなにもない腹が見える。「あぁ、お前は全く正しいよEvan。ただちょっと考えてたんだ、実際には起こり得なかったメールを一から十まででっち上げる作業についてな」「お願いだから、話を変えないで。ね?」まるで駄々をこねる子供の言い争いみたいだ。彼は眼鏡を格式張ってかけ直す。「このメールを書き直してほしいってんなら、来週まで待つんだな。今週は忙しいんだ、週末にはキャンプ友達と出かける用事がある。”本物の”友達とな」「わかったよ。とりあえず今のところはこれでいいや。今日はこれで終わりにしよう」。出ようとしたところをJaredが引き止める。ルームランナーの女性が呼んでいた。「ビデオの子でしょう、Connor Projectの。Evanだったっけ? すごく良かったわ、うちの子供もそう言ってる」一体どれだけの人間があのプロジェクトのことを知っているんだか。どれだけ感銘を受けたかの毎日メールやメッセージが届いていた。「お前熟女受けするんじゃん」「やめて」「言ってみただけだろ。俺もなんか出るんだったな……そうだが、果樹園のキャンペーンで街頭ビデオとか取ったらどうだ? 誕生日に最新型のカメラ買ってもらったんdあ」「ファンドレイジングはAlanaと僕でやれるから。でも何かあったらお願いする。絶対に」「了解。あぁそうだ、Zoeは喜ぶだろうな、ギプスが取れて。彼氏の腕に兄貴の名前が書かれてるなんて雰囲気ぶち壊しだ」「彼氏じゃないよ……何なのかよく分からない」「心配すんな、今のところは果樹園のことだけ考えてりゃ良い。だってConnorは木が好きだったんだからな。あぁ待てよ、木が好きなのはお前か。おかしなもんだな、そうだろ?」Jaredのセンスのないユーモアには慣れていたけれども、これはいつものよりも凶悪だ。彼は僕が乗る前に車を急発進させた。家まで載せたくなかったんだろう。一番近くのバス停まで歩く。Jaredの言ったことを考えないようにしたけども無理だった。ふと誰かが後をつけているような気がして振り返る。でも目に映るのは空っぽの夜だけだった。

【vi】
・ずっと彼を見ていた。最初は好奇心からだったけれどもいつしか本当にEvanと俺が友達だったかのような気さえしてくる。もし違う世界線だったら、本当にそうだったもしれない。
・人生の殆どを一人で過ごしてきた。Miguelに会うまでは。それが彼の名前だった。時々M。決してMikeじゃない。ハノーヴァーで2年の時に出会った。男子校だ。入るまでは嫌だったが、実際は行ってみればシンプルなものだった(女子との付き合いの経験はアンケートで言う「不満足~あまり良くない」の中間ぐらいだった)。必要としていた心機一転。公立校じゃそれまでの印象を覆せないが、ハノーヴァーでは違う。まだ汚点もない。
・Miguelよりも信頼できる人間はいなかった。最初の集。生物学の授業で組まされた。「染色体の性別をどうやって知るか? 遺伝子を破壊すればいい」そんな俺のジョークに彼は笑った。いつも思い描いていた普通の生活。彼はどんな分野でも俺より少し物を知っていた。暗号通貨やアルカリ性食品についてなんか考えもしなかったし、ニーチェやデイビッド・セダリスなんて聞いたこともなかったし、パフューム・ジーニアスやザ・ウォー・オン・ドラッグスなんてアーティストの話もした。こんな質問もした。「9.11のときに政府がワールド・トレード・センターを破壊したのか? 海洋酸性化で人類は生き残れるのか? 鳩の雛はどこで生まれるのか?」
・彼は俺のことをイノセントだと言った。自分で思っているのとは真逆のことを。でも心の何処かでその通りだとも感じた。彼は人生で初めて出会ったオープンに、そして誇らしげにゲイだと宣言する人間だった。(俺はといえば多分、その中間だ。流動。男も女も両方考えたことがある)。学校でつるむことは少なかったけれど、学校の外ではいつも一緒だった。中心街に行って、本屋に行って、Erwin Centerでスケートボーダーを見て。彼の仕事が終わるのをパン屋の前で待ったこともある。売れ残りのフランスパンを彼のいとこのところに一緒に持っていったこともあったが、結局結局パンは鳥の餌にした。どれだけの産業廃棄物がこの世にあるかを憂いながら。バスでも会話したし、夜に彼の居間のコーチで話したこともある。彼の母親が食事を持ってきてくれて、寝る時間になったら腹と頭と(それから心も)満たされて帰路につく。
・2学期のある日、彼がパニックに陥っていた。マリファナが見つかったのだ。いつもの自信がなくなっていた。だから軽い気持ちで返す。「ほんの少しだろ。それにお前が放学になったとして、こんな場所から出られるんだ、寧ろラッキーだよ」「俺にとってここに入るのが簡単なことだとでも 思ってるのか? あぁ、お前にとってはそうかもな」。それから最悪のケースを考えるようになった。彼が本当に放学になったら? 彼無しで俺はどうするのか? そしてとっさの思いつきの決断。学部長のところに行って、あれは自分のだと言った。何が起こるか考えもしないで。結果。寛容は無し。罰則:除籍。両親が講義したが無駄だった。Miguelの経歴は綺麗なママ、俺はリハビリに送られた。親父が去年に送り込むぞと脅してきた場所。母はその代わりに夏季の荒野プログラムに送るように説得して、それでハノーヴァーに来たんだ。確かにその時は元々マリファナはやっていたけれど、それは問題じゃない。ともかく成績は俺の人生の支えにはならなくなったし、チャンスを台無しにした。そしてリハビリは皮肉にも俺に新しい悪習を身に着けさせることになる。
・荒野キャンプはリハビリと比べて文字通り公園で歩くだけだ。中毒患者ばっかりでいくらかは子供とも思えない。ボロボロの肌と歯と目。ほぼゾンビだ。だからスタッフもそういうふうに扱ってくる。だから俺は本当の自分よりもいくらか横暴に振る舞った。順応するために。でも内側では怯えていた。家に帰りたかった(そう、家を恋しく思う気持ちがあったのだ、今回に限り)。
・リハビリ終えた後、あまり会わなくなった。違う学校。彼は仕事とアムネスティ・インターナショナルで忙しかったし、彼の母親は息子が俺とつるむのを良しとしなかった(父親はあったことがないし、俺のことをも知らないだろう)。でもメッセージのやり取りはした。公立校で皆が俺をどう扱っているのかに愚痴を言う。俺がリハビリに行ったと知るとまるで俺が毒物かのように接してくる。「だから何だってんだ」。Miguelの口癖。シンプルで毅然とした言葉。「だから何だってんだ」。効果はあった。
・人生について考えるのをやめるといつだって怒りに飲み込まれそうになる。今思えば、これがハノーヴァーに居たときに起きてたらどうなったんだろう? 多分人生はまた違った道を辿ったかもしれない。
・今年の春、Miguelがやってきた。「多分俺はお前の家に対価無しで足を踏み入れた初めてのメキシコ人だろうな」違うと言った。誰も俺の家に来たことはない、とは言わなかった。確かに付き合った人間はいるが、俺は親に会わせるような柄じゃなかった。その日、家は留守だった。寝室で彼は俺の本を見て誂った。「星の王子さま? マジかよ、道理で」。彼は大量の本と著者を俺に教えた。ピッツバーグの秘密の夏は返さずじまいだった。ハイになって床に寝転ぶ。「髪伸びた?」すぐにハサミを探そうとした。「その方が好きだな」。Miguelが歌を歌う。パフューム・ジーニアスのSlip Away。その曲をここ数ヶ月毎日、聞くのが苦痛になるまで聞いていた。彼の首に母斑があるのに気づいた。魔法のスイッチ。一度押すと世界が一気に照らされる。

【Chapter 19】
・ファンサービスが日課に加わった。「ファン」って言葉にあんまりいい感じはしないけど、どう呼べばいいのかわからない。フォロワーっていうのも変な感じだ。どこのプラットフォームを見ても、前に見たときから最低でも100人はフォロワーが増えてた。彼らは僕が何を考えているかに興味があるんだ。最初はConnorについてもっと知りたがったけど、今はもっと大きなことじゃなくて僕の私生活について知りたがってる。シャンプーは何を浸かってるだとか、服をどこで買っただとか。どっちも母親が選んでるとは言わなかった。みんな同じ質問をしてくる。「自分の写真は投稿しないつもり?」。カメラは苦手だった。きっとConnorもそうだっただろう。驚くべきことにVivian Maierは匿名でいることを好む性格らしかったのに、自分の写真を数百枚と撮っていた。なら自分も一つは撮るべきなのかも。そう思って鏡の前で試行錯誤して一枚撮ってみる。フィルターを色々試してその挙げ句、結局シェアするのは辞めた。Murphy家から新しいメールが来る前に宿題を終わらせようとPCを開く。間違えて写真をアップロードしてしまって、見る見るうちにハートがついていく。「イケメン!」「何見てるの?」母親だ。
・「何も」「本当に? 随分笑顔だったけど」「ホント? そんなことない」PCをバッグに入れて、プリントアウトしたメールも入れる。「私が部屋に来るといつもパソコンを閉じるわね。私に見せたくないものでもやってるんだかしらないけれど。ちょっと時間ある?」「Jaredのところに行くところだったんだ」「今日の夕方もう会ったでしょう」「そのつもりだったけどドタキャンされたんだ。だから今夜、スペイン語の宿題を終わらせなくちゃいけなくて。遅くなるから待たなくていいよ、家まで車で送ってもらうから」「フェイスブックで変なものを見たの」「へえ、そう。スニーカー見なかった?」「Connor Projectってビデオだったわ。聞いたことある?」固まった。「あなたが代表だって」共同代表だ。「ビデオを見たの」。この町の母親みんながきっと見ただろう。「Connorって子。知らないって言わなかった? Evan、私を見て。何が起きてるの?」逃げられない。スニーカーは片足しか見つかっていない。「本当じゃない」「何が本当じゃないの?」この綱渡りにはもう疲れた。今すぐ、ここで終わらせられれば。でもそうすべきなんだろうか? そうしたら全てが終わる。Murphy家とのことも全て。きっと僕を嫌うだろう。僕がただ助けようとしてやったことだなんて分かってはもらえない。そんなのは僕が望んだことじゃない。「知らないって言ったのが」「じゃあ果樹園で彼と一緒に居た時に腕を折ったの?」頷く。「仕事の時に公園で折ったって言ってたじゃない」「誰が病院まで連れて行ってくれたと思ってるの? 緊急手術室で3時間も待ってくれたのは? 母さんは授業中だったんでしょ、覚えてる? 電話にも出てくれなかった。だから嘘をついたんだ。母さんはいつだってここにいてくれたこともない!」「今ここにいるわよ」「週に一泊だけでしょ? ほとんどの親はそれよりもう少しはマシだよ。Jaredの家に行かないと」「本当にたった今出ていく必要があるの?」「10分後に行くって言ったんだ」「わかった、聞いて。今日は授業を休んだから話が出来るわ。だからもしよかったら私と話して頂戴」「母さんが授業をサボったからって僕は宿題をサボれないんだ」「全校生徒の前で立ってスピーチをするですって、グループの代表ですって? そんな人私は知らないわ」「大したことじゃないんだって」「Evan、何が起きてるの?」「なんでもないって、言ったでしょ――」「私はあなたの母親なの!」彼女が叫んだことなんて初めてだった。「ごめんなさい」違う、謝るのは僕の方だ。「嬉しいの、あなたに友達が居て……だから、その、彼が逝ってしまって、気の毒で。彼のことを知っていたら良かったんだけど。腕は痛む?」「ううん」本当のことを話せればよかった。話すべきだった。でももうチャンスは過ぎ去ってしまった。 前に進むしか無い。つまり、この家を出るしか。「行かなきゃ」「そう。薬は?」「もう飲んでないんだ。必要ない」「本当に? 不安もないの?」「大丈夫」これは本当だった。「そう、聞けてよかった。誇りに思ってる。きっと手紙が聞いたんでしょう、eh?」虚偽には苦痛しか感じない。Eh。彼女は僕がEvanであることに固執する。17年経ってもまだ彼女は僕をより彼女にとって好ましいものにしようと微調整を重ねている。「もう行かないと」彼女がついてくるんじゃないと半分ぐらい思って振り返るけど、彼女は動いていなかった。まるで僕が見知らぬ人かのように。実際、そうなんだろう。

【Chapter 20】
・Murphy家のガレージは僕の家の一階全体よりも広い。それに綺麗で整頓されている。ガレージなんてのはジャンクと屋内に置いておきたくないもののたまり場だと思っていたけれど。Larry Murphyはジャンク品を容認しないタイプの人らしい。彼は夕食後女性陣がテーブルを片付けていると僕を呼んで、いつもならCynthiaを手伝うところが今日は男二人で座談会だ。彼の目的はただ僕を助けたいだけで、詮索する気は無いらしい。
・ブルックス・ロビンソン、ジム・パーマー。野球選手のカードを見せてもらったけれどもよく知らない。「96年のチームだ。オークションで売れば1000ドル分果樹園の資金が増えるぞ」「へえ、いいですね。Alanaに話してみます」。最初のプレゼンの時彼はほとんど何も言わなかった。そういう性格なのだろう。父親はそういうものだ。To break in a glove。「息子の誕生日かなにかにかったグローブだ、一度も使わなかったがね。父と私は毎週日曜は裏庭でボール投げをしたものだった。だからConnorと私もそうしようと思ってたんだが、いつも仕事でいないといつも文句を言ってね。それで日曜の午後だけは仕事を脇にやって二人だけの時間を作ると約束したんだ。だが突然、彼は興味を示さなくなった。Connorはいつも難しい子だったよ」彼は柔和に笑ってグローブをよこした。「ショートカットはなしだ。Connorにもショートカットはないと言ったんだが。Cynthiaは『次はもっと頑張りましょう』というタイプだったが、私は『次はない』というタイプだった。ショートカットを続けていれば結局道を失って、家に帰る方法さえもわからなくなるぞとね」。彼はじっと箱を見つめていた。もう何も入っていない。嘘を要求されていないことにも嘘をついている自分がいる。グローブと髭剃りクリームを持って出ようとして、足が止まった。「僕の父は、両親は7歳のときに離婚したんです。彼はコロラドにいって、彼と僕の義母は今新しい過程を気づいてます。だから、僕よりもあっちの方が優先度が高いんです」なんで話したのかはわからない。Larryはじっと僕を見ていた。「輪ゴムも忘れるな」「ありがとうございます」「もう行きなさい」。
・Zoeが車で送ってくれた時、母の寝室の電気はまだついていた。ベッドにメモ書き。Te amo hijo mio。そう言えばJaredとスペイン語の宿題をしていることになっているんだった。きっとGoogleで翻訳したんだろう。もう11時を過ぎていた。Cynthiaは一晩泊まっていけばと言った。でも辞退した。Connorのベッドではきっと眠れない。
・Zoeは父にスピーチのリンクを送ればと言った。以前フェイスブックで新しいカウボーイハットの形の保ち方に悩んでいる時、それに該当しそうな記事のURLを送ったけど返事は帰ってこなかった。文通がしたくてポストカードも送ってみたけれど、Theresaの手書きメッセージが一度帰ってきただけだった。彼は登山が好きだった。だからアパラチアン・トレイルに行かないかと提案した。彼はその案に乗ったかと思ったけれども、今年の夏に聞いてみたら春に僕の卒業のために東海岸にいく予定があるし、子供も生まれる。2回は行けないと言われてしまった。それでどうしたか? コロラドに近いトレイルを探して、望みをかけて地図にピンを刺したんだ。もう疲れた。何に? 待ち続けるのに? Ellison Parkの看板を思い浮かべる。父が好んでよく訪れた場所。二人で一緒に並んで思い出を作った場所。ただどうにかして、父とつながりを持ちたかった。もうどうでもいい、終わったんだ。ピンを外してカップに放り込む。新しい野球グローブが手にあった。治った腕を伸ばして、グローブを殴った。もう一度、もう少し強く。そしてまたもう一度。もう一度。もう一度。指が赤くなるまでずっと。

【Chapter 21】
・コーヒーのおかわりを断った。カフェインは避けろとDr.Shermanに言われていた。Capitol Cafe。Zoeがステージ上でギターをチューニングしている。客は余りいなかった。Zoeが深呼吸をして、目を閉じて歌い始める。いつも聞く曲調とは違った。カバーだけれど、丸で自作の曲のように歌い上げていた。自分がただ一人拍手してることなんて気にならなかった。老いたカップルが微笑んでいる。次の曲はカバーだった。携帯が震える。Alanaだ。でも見ている暇はない。次の曲は自作。曲名はOnly Us。完璧だった。
・「それで、お母さんはいつ仕事から帰ってくるの?」「日曜の夜は授業があるから、まだあと数時間は帰ってこない。少なくとも3時間は」。ドアの鍵を開けながら言う。別に変な意味じゃなくて、リラックスして欲しかったから二回の自室の部屋に急がせようとしたけれども遅かった。「これ、あなたが子供の頃の写真?」「太ったやつでしょ? うん、そうだよ」「そんなことない。抱えてるのはお父さん?」「ううん、Benおじさん」。Markが移った写真はHeidi Hansenの家には決して表れない。アルバムの中だけにある。昔の家がZoeの家のように林に隣接していたのを思い出した。携帯が震える。そういえばAlanaのメッセージを見ていなかった。部屋は綺麗に片付けていた。ベッドメイクはしたしクローゼットはちゃんと閉じて、机も整理整頓して薬のボトルは靴下の中に隠して、アロマの匂いが香っている。Zoeが部屋を見ている間に母からのメモを見る。「お願いだから、ちゃんと食べてね」。Zoeが奨学金作文の書類を見つける。「じゃあつまり、あなたのご両親は……」「いやまぁ、そうでもないんだけど」「ごめんなさい、あぁそうだ! Alanaが数日前のConnor Projectのことで話に来てね、ゆくゆくは会社を作るつもりって言ってたわ。で、今は果樹園から始めるわけだけど……その、話したいことがあって」「あぁ、そうか、僕と別れたいんでしょ」「は? 違う違う、別れたりなんかしないって」。待てよ、ってことは僕とZoeは付き合ってるのか? 「そうじゃなくて、Connor Projectのこと。あなたがやってくれたことは嬉しいけど、でも兄のことじゃなくて……もっと他のことも話したい。今まではずっとConnorのことばかりだったから……そう、お兄ちゃんとか、果樹園とか、メールのこととか関係なく、ただあなたと付き合いたい」「本当に?」息が止まりそうになった。「今日の新曲の歌詞。“You and me. That’s all that we need it to be”」「それって――つまり――?」「他に誰がいると思うの?」。

【vii】
・Miguelの家。彼の母親が仕事でいないときだけ家に行ける。彼女の母親は料理がうまいし、言葉は鋭いが心は温かい。俺が退学させられるまでは。一年生は地獄のようだったが、Miguelは希望の光だった。彼に会うことをいつも楽しみにしていた。だがその欲望はだんだんと強さを増し、強制的に彼の方へと引っ張られるような気がした。あんなにも近くにはいたくなかった。いるべきではなかった。
・俺のソーシャルライフは俺と彼の2点だけだったけれども、彼のそれは円環だった。彼はハノーヴァーで他にも友人がいたし、多くのいとこがいた。それに元彼の話もしてくる。俺はどこにいる? 円の中心にいるんだろうか、それとも円の外? 「何だそれ?」普段つけていないブレスレットを取るのを忘れていた。手首を隠す。「なんでもない」「お前はいつもそうだ。俺が近付こうとすると……」「何の話だよ?」笑い飛ばそうとした。「いつも来るのは俺の家だ。お前が家に招いたのは一度だけ。少しの視線しか与えてくれないみたいに」「なんでそんな事気にするんだよ? そんな……ただ俺たちがどういう関係なのか分からないんだ」「お前が俺をがっかりさせないんならもしかしたら分かるかもな」「お前は分かってない!」Miguelは俺の過去を知らない。どういう人間なのか。いつも良いことを悪化させる人間。「じゃあ教えてくれよ。正直に話してくれ」。どうしてそんなことができる? こんな修復しようもない人間を、一体どうやって? 歯を食いしばって後ずさる。彼が名前を呼んで止めようとしたけどもう心は決まっていた。現実から逃げ出す(多分、今も逃げ続けてる)。短髪で笑顔の俺の写真。編集した写真だ。元々はMiguelが隣りに居た。
・これだけは確信して言える。彼の周囲に居た時の気分は爽快で、そうでなかった時は耐え難かった。まるでドラッグみたいなもの。逃げ出して、互いに見交わすことを止めた時、長くて暗い夏が始まる。

【Chapter 22】
・次の日の朝、Zoeがみんなの面前でキスをしてきた。「今日はリハーサルがあるから家まで送ってあげられないけど、7時の夕食には迎えに行くからね!」。Alanaがくる。「昨日50回と連絡したのに。まぁいいわ、一人でポストカードは配ったから」「ごめん、忘れてた」「後一週間でファンドレイジングの期限よ。一つも新しい動画撮ってないでしょう、それにブログも更新してない。あと17000ドル残ってるのに」「分かった。わかってると思うけど、人に興味をもたせ続けるのが大事だ、だから……」「ええ、だからあなたとConnorのメールをアップしたの」「待って、何だって? どういうこと? なんでメールのことを?」「Mrs.Murphyが送ってくれたの。ほんの少しだけど、まだまだたくさんあるって言ってたわ。感謝しないとね」「待って、止めて、それはプライベートだから!」「プライベートであればあるほど良いの。真実を全てを詳らかにする責任があるんだから」真実、何が真実だ? 僕の私生活についての質問にも答えたし、自撮りもアップしたし、それでも十分じゃないのか? 「後で質問のリストを送るから。いくつかのメールは筋が通ってないの。例えば最初に果樹園に行ったのは腕を折った日だって言ってたけど、他のメールでは去年の11月から果樹園に行ったって書いてあるから」。ふと、周囲の誰も僕らに注目していないのに気づいた。ほとんどの人間がConnor Murphyを忘れている。
・ホームルームへ向かう途中にJaredのメッセージを送る。「丁度連絡しようかと思ってたんだ。週末親が居ないから、97年の新年祭以来使ってない酒棚がフリーだぜ」「週末は無理。17000ドルまだ必要なんだ、Connor Project覚えてる? まだその仕事やってくれる?」「俺の助けは要らないって言ってなかったか?」「何もするなとはいってな。冗談だと思った? 本気だよ、重要なんだ」「Connorの為か」「そう、Connorの為」「お前がそんなことを言うとは面白いもんだな」見上げるとJaredが居た。携帯をポケットに仕舞いながら言う。「いっぺんよく考えてみろよ。Connorがとっくに死んでるのは今までの人生で最良の出来事じゃないか、そうだろ? 今やお前は学校の誰からも話しかけられる。謂わば奇跡中の奇跡だ。でもConnorが死んでなかったら、お前の名前なんて誰も知らないままのはずだ」真実だった。否定できない。でもそれは現実じゃない。「学校の皆が僕を知ってるかどうかなんてどうでもいい、そんなの全然気にしない。ただ僕はMurphy家を助けたいだけなんだ」「『Murphy家を助ける』ねぇ。言ってろ」「嫌な奴」「お前がな」。そう言って彼は立ち去る。始業のベルがなった。ボクシングの終わりを告げるベルの如く。12ラウンドもこなしたあとのような感覚だった。

【Chapter 23】
・Zoeが車を止める。随分と着飾っていた。どうしてかは分からない。家に入る。母が居た。「夕食にあなたのお母さんをお呼びしたの」「Evanがお邪魔しているだなんて、思いもしませんでした」。Zoeが母に挨拶する。困惑しているようだった。母親を呼んだのはZoeのアイデア。「今日の夜は仕事があるって」「ええ、でもこっちの方が重要そうに見えたから。つまりサボりね」。何だこれは。コールオブデューティのコートヤードで30人の敵に囲まれて銃弾の雨を浴びせられてるみたいだ。Cynthiaがチキンミラノを作っている。母は僕をじっと見つめていた。「ここであなたがこんなに時間を使ってるだなんて気づきもしなかった」「仕事で忙しかったでしょ」「どうして私、あなたがJaredの家にいると思ってたのかしら」目を逸らす。
・奨学金の話。まるで僕がここにいないみたいに話し始めた。なら出ていってもいいだろうか? ここにいられるはずもなかった。「去年の英語のクラスでSuluについてのレポートを書いたんです」「Sulaだよ」「Suluはスタートレックのキャラクタだな、私の記憶が正しければ」Larryが無垢に笑って言った。「Zoeから聞いたの、Evanが少し困ってるって。それで、うちには息子の為にとっておいたお金がいくらかあるから……」「大丈夫です」母は一呼吸置いて言った。「そうじゃないの、今朝電話して招いたのはあなたの息子さんに随分と助けられたから。そしてあなたの息子さんも私達は愛してるの。だから彼がConnorを助けてくれたように、息子さんの夢の手助けが出来るならと思って」。手を固く握りしめる。オーブンで鳥が焼ける匂いがする。Cynthiaの頭の背後に見も知らない動物の骸骨が見える。吐きそうだ。「ああ……私、私なんて言ったらいいのか。ありがとうございます、でも大丈夫です。たくさんのお金は無いけれど、いくらかはありますから」「あぁ、違うの、そうじゃなくて――」「ええ、分かってます」ワイングラスを置いた。一瞬にしてそれが毒であると気づいたかのように。「Evanに他人の慈悲に甘えて生きてほしくないんです」それまでの喜びが全て苦痛に変わったような表情。「やっぱり仕事に行きます」
・深夜。玄関を開けるとリビングに明かりがついていた。夕食のときと同じ服。ただただなにもせずに彼女は待っていた。Cynthiaはあのあと電話をかけて謝ろうとしていたが、必要ないと断った。仕事と学校でストレスが溜まっていたのだと伝えて、空いてもいない腹にチキンミラノを詰め込んだ。「彼、卒業したらきっとパラリーガルの仕事につけるって保証してくれた。名刺までくれて。それで? 何が悪いカッタの? まるで悪いことだったみたいな顔してるじゃない。どれだけあれが私の癪に障ることだったか分かる? 自分の知らないところで息子が他の家庭で楽しく過ごしてることを知ることが? Jaredの家にいるって言ってたじゃない。彼らはあなたをさも自分も息子みたいに思ってた」「彼らは僕の……」「何? 何だって言うの?」分からない。「彼らはあなたのことを何も知らないのよ」「じゃあ母さんは?」「わかってると思ってた」失意が彼女の声に現れる。「僕の何を知ってるの、何も知らない、見もしない」「ベストは尽くしてる」「彼らは僕を好いてくれてる。何か僕に間違ったところがあるとは考えてない、母さんみたいに、僕を直す必要があるものとは考えてない」「私がそんなこといつ言ったの?」本気で言ってるのか? じゃあどこから始めれば良いんだ? 「セラピーに行け、薬を飲めって……」「私はあなたの母親よ。あなたの面倒を見るのが仕事」「わかってる、重荷なんでしょ。最悪の事態だ。僕が母さんの人生を台無しにした」「こっちを見て。あなたはたった一つの……私の人生で最高の贈り物よ、Evan」。彼女の瞳は弱々しかった。「ごめんなさい、これ以上何もしてあげられなくて」。彼女を押しのけて言った。「他の人に出来るのは僕のせいじゃない」。

【Chapter 24】
・バス停の子供達は幽霊のようだった。内面は外側に現れるのか? Zoeに嘘をついた。今朝は母さんが車で送ってくれるからと。眠れなかった。学校を休もうかとも思ったけれどもどうにか奮い立たせた。母はもう仕事で出ていた。昼食に行くとAlanaに引っ張られた。カフェテリアの前で僕を待ち伏せていたらしい。「どうしてConnorは自殺したの? メールじゃ随分と調子はよくなってたみたいだった。でも突然一月後、彼は自殺した。どうして?」「道理が通らないこともある」「あなたがZoeと付き合ってるみたいに?」そんなこと考えもしなかった。考えてみるとたしかにそうだ、Evan Hansenは親友の死後数週間でその妹と付き合い始めた。最悪だ。「ともかく、なんでそんなにConnorのことにこだわるの? ラボパートナーだったから? それか、何、よく知らないけど大学の推薦書に書けるから?」図星らしかった。「重要なの、だって透明になるのがどんなことか知ってるから。Connorみたいに。透明で一人ぼっちで誰も気づいてくれない、空気に消えたみたいな感覚が。あなたもきっと分かるだろうけど」。彼女は僕の返事を待っていたみたいだけれども、無言でいると頭を振って去っていった。
・カフェテリアで列に並んでいるJaredを見つける。あの日以来話していなかった。列の端からレジまで彼が来るまでが永遠に思えた。「もっとメールが必要なんだ、Connorが悪くなっていったことを示すメールが」。ぐるりと目を回してJaredは笑う。「面白いことじゃない」「そうか? 大ウケだと思ったけどな。皆そう思うだろうよ」「どういうこと?」「つまりだ、お前はお前の友人が誰だったかを思い出してみるんだな」実際彼に友達になってくれと懇願したことはあるけれど、現に今彼はここに立って僕を脅かしてさも傷ついたかのように装ってる? 思ってたよりももっと彼は自分を装うのが上手かったらしい。「車の保険金の為だけに友達をやってくれてるって言ったよね」。肩を竦める。「面白いね」「何が?」「『イスラエルの彼女』だよ。それとキャンプ『仲間』? 名前さえ聞いたこと無いけど」「知りたいんなら教えても良いぜ。何がいいたいんだよ?」一歩近づく。「多分君が僕と話してくれるたった一つの理由、それって僕以外に誰も友達が居ないからでしょ」彼は根拠もなく笑った。「皆に全部バラしてもいいんだぞ」「じゃあそうしなよ、Jared。やれよ」。反応がないから続ける「皆にいいなよ、どうやって自殺した少年の振りをしてメールを書いたのかさ」一度言葉を発するともう取り返せない。前に、どんな言葉を使ったらJaredを黙らせられるのか想像したことがある。「お前マジでクソだな、Evan」漸く彼は言った。その口調にはかなりの棘があった。ついに一度限りのしっぺ返しを食らわせられたわけだ。でもやる側に回ったら少しはスッキリするんじゃないかと思ったけど、いつもと同じ位に気分は悪かった。僕がかつて履いていた靴を履く彼が歩き去る姿を見た。周りの注目を集めていた。Zoeもいる。なんでもない冗談だったかのように笑って装った。
・でもZoeからは長くは逃れられなかった。夜。「あなたの家の外にいる」。少し躊躇してから、「すぐに行く!」と送った。ロラゼパムを飲む。薬を見ると気分が悪くなった。もう元には戻りたくない。彼女はただ座っていた。「なにもない、本当に? 一日中私を避けてたけれど。お母さんのこと、ごめんなさい。でも……お母さんに一言も私達のことはなさなかったの?」「僕と母さんは……そういうのじゃないんだ」「どういうこと? お母さんに会ってみたいっていうといつも話題を変えたでしょう。いつも何かを隠してる。兄さんとの関係も、私との関係も。無視するのは止めて」「ごめん」「止めて」「本当に、そんなつもりじゃ――」「その謝るのを止めてって言ってるの!」隣の家まで彼女の声が響いた。行きたいなら車に乗ってすぐにでも去れるはずなのに、彼女はまだここに居た。「ただ……ただ、兄が恋しいの。ただいないっていうのとは違う。確かに時々最低な奴にもなったりするけど、それでも恋しい」。彼。彼。なんで僕じゃだめなんだ?「あなたもそう?」僕は彼の親友だったんだ。「勿論」「行かないで」「行かないよ、絶対」。夜闇を見渡した。

【Chapter 25】
・昨日の夜は散々だった。ただ座って、Zoeを宥めて。それでも僕はまだ彼女をとどめておく苦痛に耐え忍んでいた。彼女は僕の部屋を「男の子っぽい魅力がある」と言うし、僕の言うこと何にでも興味を持つし、ダサい格好も可愛いという。僕の将来さえ気にしている。きっと同じ大学にいけたりもするんだろう。Zoeはある種のソウルメイトとかそういうものなのかもしれない。奥さんになるかもしれない。でも僕が彼女にしてやれることは一つもない。彼女だけじゃない、Murphy家にもだ。彼らは僕に過ぎたものだ。どうして彼らはこんなによくしてくれるのか? それは僕が彼らに与えたもの、Connorのお陰。
・嘘だ。どんなに自分を語ったって、嘘から逃れることは出来ない。説明する手立てがあれば、もしかしたら彼らも分かってくれるかもしれない。皆分かってくれるかも。でもそれは元の場所に戻ることを意味している。Murphy家もない、Zoeもない、友達もいない、誰も、何も、たった一人。
・Alanaにビデオチャットをしていいかメッセージを送る。彼女はすぐに返事をしてくれた。「ごめん、悪い共同代表だった、ビデオも作るしブログも書くから」「大丈夫。全部私一人でやれるから。正直私も疑ってるのよ、あなた達が本当に友達だったのか。誰も一緒にいるところを見たことないし、友人だったこともだれも知らない」「だってそれは秘密だったから……」「そのお話はもう知ってる」「でも……メールを見たでしょ」Alanaは笑いかけていた。「どれだけ偽のメールを作るのが簡単か知ってる? だって私もつくったもの」。「あなたの協力に感謝するわ、でも残念ながらそろそろ道を分かつ時なの。私は組織の代表としてあと140000ドルも集めないと――ああ、無駄にしてる時間はないから、じゃあね」「待って! 本当に、証明できる!」「どうやって?」“遺書”のファイルを送る。「誰にも見せちゃ駄目だ、いいね? 誰も見る必要なんてないんだから」「これこそ求めてたものよ、Evan!」「お願いだから、削除して」「果樹園を建てたくないの? Connorの夢を叶えるのに」「ねえAlana、止めて」メッセージが表れる。Connor Project CommunityにAlanaの投稿が乗った。「ネットに上げるなんて! 分かってない、駄目だ、下げて! 今すぐ!」まるで聞いていなかった。そしてチャットが途切れる。「Murphy家はクソ」「Zoeの部屋は右側。裏門はしまってる」「答えるまで鳴らし続けろ」
・パソコンを閉じて母を探す。居なかった。Zoeから助けを求める電話。
・「わからないの、どこからConnorの遺書を手に入れたの?」「分からん」CynthiaとLarry。Zoeの涙は枯れ果てたようだった。鳴り止まないいたずら電話。「警察に相談しましょう」「ただ大人しくしていたほうがいい。インターネットだ、警察が取り合うか?」「待って様子を見る、あなたはいつもそれ! セラピーもリハビリも……」「お前はいつも次には奇跡的に治癒すると思ってるだろう。奴に20000ドルの週末ヨガ治療が必要だったか?」「じゃああなたの代替案はなんなのよ、Larry? 私の案をこき下ろす以外によ?」「プログラムに入れてそれに集中させればよかったんだ」「違う、お父さんはConnorを罰したかったんでしょ。犯罪者みたいに扱って。お母さんだって、Connorのやりたいようにさせてあげるべきだったのに」。炎上していた。僕が火が付けたんだ。「あの子が最初に自殺するっていい出した時、あなたなんて言ったか覚えてる?」「おいおい、勘弁してくれ」「『目立ちたいだけだ』って、そう言ったでしょう。ねえ、彼は良くなってたのよ、Evanに聞いて、そうでしょうEvan?」「私が気にしていないとでも思ったか? 信じ難いだろうが、私だってお前と同じぐらいに彼を愛していた。私は出来る限りのことをした。私が知っているただ一つの方法で彼を助けようとした。上手くは行かなかったが……」。僕はじっと見つめていた。聞いていた。いや、聞いていなかった。ただテーブルの上の見つめていた。嘘をつく原因になった、一つのリンゴ。最初に見たときと同じように銅のボウルに入っている。隣には自分の手紙。最後の文章を見る。「もしも全てが違っていたら」。僕は一体何をしでかした?
・「彼はしくじったんだ」「私達が彼をしくじったのよ」「そうじゃない」。沈黙。「しくじってなんかいません」「でも、手紙に書いて――」「違うんです、書いてないんです」。「僕が書いたんだ」。誰が僕なんかを信じるんだ? 呼吸をして、訳を話す。「僕らは友達じゃなかった」「嘘。嘘、嘘」。嘘の網が僕の周りを雁字搦めにする。Words Fail。Zoeがテーブルから離れる。Cynthiaがそれを追った。Larryだけが残る。「出ていってくれ。頼む」。

【viii】
・彼の後を追った。彼はよろよろと車道を歩いて通りに出る。道の真中でぶつぶつと言っている。「何をしたんだ? 一体何をしでかしたんだ?」気持ちはよくわかった。最悪の間違いを犯したときの反省時間。自己嫌悪の津波が襲う。「違う、違う、違う、僕の何が悪かったんだ?」俺も同じ質問を抱えていた。今も問いかけ続けている。
・彼を置いて家を見返す。彼が何を運び続けていたのか。でもまだ自由になったわけじゃない。囚われ続けている。現実と直面するのはいつも辛いものだ。彼は道路の真ん中に座る。まるで生贄の如く。車が来ないかどうか見た。暗闇だけ。ヘッドライトもない。「起きろよ」と俺は言った。彼は頭を振り続けていた。痛みを振り払うかのように。「おい、起きろよ」。痛みは自分自身だ。どこへ行ってもついてきて、振り払うことも消すことも追い払うことも出来ない。ただそれは戻ってくる。生き残る術はそれを受け入れることだけなのだ、と全てが終わった後からずっと考えていた。傷つけさせればいい。どうせそうなるんだから、それなら今受け入れたほうがマシだ。
・しゃがんで顔を近づけた。近付こうとした。いつかだれかが俺にそうしようとしたように。ほとんど不可能に近いけれど、俺たちに出来る選択はこれだけだ。「胸を張れ」。俺は出来なかった。「聞こえてるか? Evan? それがお前のすべきことだ。起きて、胸を張れ」。

【Chapter 26】
・景色が見えた。光と夜が一緒くたになった景色。前にも見たことがある。地面に落ちて、助けを待って、空想の中で誰かがもう一度だけ来ることを望んで――彼だった。彼がやってきた。
・瞬きをして意識を取り戻す。道の真ん仲にいた。縁石の上に乗って気にもたれかかる。木。畜生、どこにいっても付き纏う。何も得られない。無価値だった。携帯が震える。母親から。電話をかけてと懇願し続けるメッセージが来ていた。木肌に向かって爪を立てる。肌を引き裂いてくれればと期待して。登れば落ちるだけだ。落ちるだけ。なんてこった、まだやってるのか。僕は自分自身にも正直になれないのか? 「本当の事は」。叫ぶ。もう涙は出し切ったと思ったのに、星空がにじむ。良い話じゃない。胸を張れ。Welcome to ellison state park. est.1927のサインが見えた。自分が修理したもの。父がきっと喜ぶかなにか反応をくれるだろうと思って、以前写真を撮って送った。返事? 父にはもっと重要な話があった。1枚の写真と「弟に挨拶を」というメッセージが送られてきただけ。全部やった。やれることは全部。でも何の意味もなかった。
・楢の木を見て、上からみた世界はどんなものかが見たかった。頂上に登るとどこもかしこが見通せた。Clover Fieldの向こうも、中心街のビルも、携帯電話の基地局も。下にいるときは何も見えなかったものが見えた。でも下に降りた時感じた感覚は上に居たときとどこか同じだった。漸く今までどんなに高い位置に居たかにいが付いた。僕は木の頂上に到達してすらいなかった。まだまだ行ける場所がある。でももう十分見てきた。再び上を見る。世界は美しい。それは知っていた、でも僕はその一部じゃない。そうなることもない。そう思ってからは早かった。握る力が弱まって、足を解いて、そして――。
・地上に居た。死んだかと思った。それから痛みが来て、半分安心して、半分辟易して、誰かが見つけてくれるのを期待した。今に来てくれる。今に、今に……でも公園はまだ開いていなかった。だから立ち上がって本部まで歩いて戻って、Gusには本当のことを言えなくて、そして全てが終わった後に母がいた。彼女の顔を見れなかった。どう見ればいいのかも解らなかった。……今の状況も同じぐらいにひどい。でもじゃあ僕はどこに行こうとしてるんだ?
・「母を探しているんです」「患者さんの名前は?」「そうじゃなくて、ここで働いてるんです。Heidi Hansen。息子です」夜間授業に行く為に病院を出る時がチャンスだった。焦った様子で母が来る。中庭のベンチに座る。管理人がゴミ箱を詰め替えている以外は無人。しばらくするとカートを押して病院に戻っていった。「話して頂戴」。強制ではない、優しい声。「ネットで遺書を見たの。皆のフェイスブックにあって。Dear Evan Hansen……あなたが書いたのね?」恥ずかしかったけれども、安心もした。もし自分で気づいていなかったら説明することが増えていた。「知らなかった」。僕が一番自分自身を責めてほしくない人にそうさせてしまったと思ってぎくりとする。「誰も知らなかったよ」「違う、そうじゃないの……あなたがこんなにも傷ついているのを知らなかったの。どうして、……どうして私分からなかったのかしら」「だって一度も言ってないから」自分自身のことさえ話せていなかった。「そんな必要なかったのよ」「嘘ついたんだ。いっぱい。Connorだけじゃない、夏のことだって……」。時々、これは楢の木から落ちて見ている夢なんじゃないかとさえ思う。「本当にごめん」。言えなかったことと言ってしまったことに。できなかったこととやってしまったことに。「きっと、これがいつか遠い日のことみたいに思える日が来るわ」。彼女は気づかないだろう。このことが僕の残りの人生ににずっとついて回るだろうことを。
・「お父さんが出ていった時ね、その数週間後よ。お父さんの荷物を全部トラックに積めるのに彼も私も神経質になってたとき、あなたトラックを見て随分とはしゃいでたのよ。運転席から離れようとしないでね。それで数時間後トラックが行くと漸くおとなしくなって。でもその日の夜あなたこういったの。『また他のトラックは来るの? お母さんを連れてっちゃうの?』って。私がどんなに頑張っても、いつも一緒にはいられないかもしれない。でもあの日の私の答えも、今の私の答えも同じ。お母さんはここにいる。あなたとずっと一緒よ」。
・母には選択肢があった。父は違う選択をしたけれど、母も望めば去ることが出来た。時々そのことを忘れそうになるけれど。「どこかに行きましょうか。人生で最高の時間を無駄にしちゃ駄目よ」「授業なかったっけ?」彼女は手のひらをひらひらとさせた。今夜も授業はあるのだろうけど、母には合わないものなのだろう。立ち上がってあるき始める。「お腹は?」「空いてない」「パンケーキでも?」「パンケーキでも」もう二度と食べない。「じゃあ、どこに行きたい? どこでも連れていくわ」ドアを開けて言う。「家に帰りたいよ」。
・助手席で幽霊のようにふわ付いていた。車に残ってぼんやりとする。運転席は空。最後に運転したのはいつだろう。移動して、ホイールに触れる。椅子を調整して、足を伸ばしてペダルに触れる。10年前、違う車道、違う運転席に座っていたのだ。もし父が僕を連れて行っていたなら? 僕は今ごろどこに居たんだろう? いつかの夜、自分の部屋からConnroが通りに立ってこちらを見ているのを見た気がした。時折彼の存在はとても現実的で、近くて、あの夜みたものが彼でないとも言い切れない。ありえないことだと分かっていたとしても。でも今夜は、僕が窓を見上げている人間だった。見知った寝室を見る。壁には地図。かつてたくさんの目的地が記されていた。行くべきところに。夢に。今はなにもない。大きな、白紙のキャンバス。

【ix】
・家は静かだった。あの日と同じように。ただあの時上の階に家族は居なかった。あの日、あの最期の日、俺はたった一人だった。Miguelとは彼の家を出て以来話していなかった。いくつかメッセージを送ってきたけれども一度も返事をしなかったし、そのうち彼も送るのを止めた。人生で一番長い夏だった。食べることも読むこともただ座っていることも出来ないし、助けがなければ満足に寝ることもできなかった。夜、家の裏の公園に言ってハイになって星を見る。答えを探す為に。どうして俺がこんなに欠陥品なのか、一人ぼっちなのか。
・Miguelと彼との間にあったものを振り払うことができなかった。すべての勘定、痛みと嫌悪と痛み。母斑のある彼の絵をスケッチしたが捨てた。共に居た最後の日を延々と繰り返し考えていた。彼は俺に会いたがっていたけれど、俺が先に逃げなかったら彼の方もきっと俺の元から去っていっただろう。そして一人で延々と日々を過ごして、気づけば学校に居た。気まぐれでメッセージを彼に送った。「初日だ。Mr.Nielsonの口臭にぶち当たらないといいが」。返事を待った。Mrs.Coughlinに携帯を見つかった。でも次の時間一つのメッセージが届いた。サムズアップの絵文字。へえ? どうにか解釈を試みた。奇妙な気分。そして、Evanとの遭遇。そして彼の手紙。自分よりも孤独な人間に初めて合った。誰も自分達を見ていなかったし知らなかった。生まれて初めて自分が押しのけた人間。
・学校を出る。落下する感覚。でもサムズアップの絵文字を見ると希望の光が見えた。彼への架け橋。或いは俺が諦めてきたものへの道。でも彼にだって本当に生身の自分を見せたことはなかった。相応のリスクが伴うならまだしも。そして出し抜けに彼はこの数ヶ月ではじめての返信を送ってきた。彼のことを生ぬるいやつだと責めることは出来ない。といつだって俺が沈黙を作り出す。だからできるだけ早く終わらせたかった。通りの角に立ってもう一度メッセージを送る。「寂しい」。打つのも苦痛だった。誤解釈の余地はない。一番の生身の自分だ。すぐに記入中を表すドットが現れた。壊れた魂が継ぎ接ぎされる予感。そして、ドットはふいに消えた。メッセージを待った。けれども帰っては来なかった。いつも共にしてきた恐怖。クソ食らえだ。彼はいつも言っていた。もしかしたら彼のことを全く誤解していたのかもしれない。もしかしたら、世界に対する俺の味方ではななかったのかもしれない。ただ誰も彼もに対する彼のモットーだっただけなのかもしれない。或いは皆ではなく彼だけの。クソ食らえ。あぁ、そうだな、アイツなんかクソくらえだ。
・泣いた。十分すぎるほど。誰も居ない。なにもない。俺は何でもなかった。そして止めさせることを誓った。苦痛を。安らぎは霞がかっている。Miguelを過去から消し去った。写真もメッセージも連絡帳からも。部屋にこもって鍵をかける。俺は値しなかった。胸を張れなかった。自分に鈍感でいようとして、苦痛から気を逸らそうとして、それが結局跳ね返ってくることに気づかなかった。結局帰ってくるんだ。今は同じ家で笑い声が聞こえる。廻り階段を上がって廊下を進んでドアを開く。自分の寝室。母がベッドに座って枯れた笑みを浮かべている。俺のスケッチブックを開いて。父が来る。部屋に入ると肩越しにそれを覗いた。「彼は面白い子だったわ。いつもユーモアのセンスがあった。ジョークが好きだったでしょう。『チキンが道を横切るのはどうして?』、あれに何百通りもの答えを持ってたわ。いつか私に言ってたわ、『母さん、どうしてアヒルは道を横切るの? なぜならチキンじゃないと証明したいから』って。いつもここに忍び込んでたわ、何かを探そうとして。このスケッチブックもぱらぱらめくってみたけど、結局この中に何があるかは分からなかった、見ようとしてなかった」「やれることをやったよ」「でも十分じゃなかった」「誰も責めないさ」「私は責めるわ」「私は責めない」誰のせいでもない。そして皆のせいでもある。
・彼らを互いにしがみつかせたままにしておいた。もう時間だ。最後の思い出に、家中を周る。キッチン。シンシアの領地。ポットとフライパンは食洗機に入れないこと。ボウルとヘラとお玉も同じく。リビング。天井に二つのドットがある。Zoeと俺はあれが乳首だといって笑っていた。バスルーム。ドア枠は二つの白いシェードで覆われている。左側は俺がハンマーで壊した。どうしてだかは覚えていない。ガレージ。Larryのクラフトビールと氷菓子の第二冷蔵庫。床に怪物のような何かの形のペイントがそのままになっているのを除けば整頓されている。Zoeの画材と随分とにていたが、彼女はやっていないと言っている。俺もやっていない。家族の謎の一つ。Larryの書斎。紙の上には契約書。The Connor Murphy Memorial Orchard。Larryはgとdの円を閉じない。俺も同じ。裏庭。プールは冬場は閉じている。「彼の活力を削ぐんです」。医者の誰かがそう言っていた。そしてスイミングチームに入れさせられたけど、初回の前に止めた。
・草の中に踏み込んだ。これも一つの記憶だ。前の家。もっと庭は狭かった。隣の家の子供が居て、拳大の石を拾い上げて投げようとしたが手が滑って落ちた。それを追う。ゴツン。何かが顔にぶつかった。子供はうめいていて、俺は彼に手を貸さなかった。固まっていたからだ。怖くて。彼は喘いで家に戻っていった。芝生に沈み込む。動けなかった。それから彼の母親が言った。「おたくの息子さんが居たんです!」
・注意を空に向ける。澄んだ夜。星がはっきり見える。あの星はまだ生きてるのか、もう死んでるのか。でも死んでるとしても明るく燃えている。矛盾だ。もしかしたら俺も星みたいなものなのかもしれない。ここではないどこか宇宙に居場所がある。こんな終わり方はどうなんだろうか? 何が起こったのかを一部始終追おうとした。でも結局、理解することさえも始められないままだ。俺は退場させてもらう。

Epilogue
・ベンチに座って新しい手紙を書く。Dear Evan Hansen。いつもの決まり文句。あれから一年経って、それでも結局日々が困難なことに変わりはない。「リンゴは木から遠く離れたところへは落ちない」というけれど、皆落ちるときにリンゴに何が起こるかを考えない。地面に落ちた衝撃でつぶれたら? どう着地するかが重要なんだ。
・母が「休めば」と言ったあの次の日。学校に行くと驚くべきことに囁き声もジロジロ見られることもなかった。だれかが「おめでとう」といったけれども訳がわからない。Alanaが言った。「やったわ! きつい言葉も送ったけれど、でもそうでなければあなたはConnorの遺書を送ってくれなかったでしょう? あのお陰でファンドレイジングが成功したの」そういえば。完全に忘れてた。「前に進まなきゃ、本当の共同代表として。Evan、あなたが必要なの。勿論Connorにも」Alanaに言わないと。「今日の放課後は空いてる?」「失った情熱が戻ってきたみたいね?」そうではないけれど。日が沈むにつれ気も沈んでいった。Jaredもこのことに関わっているんだった。70000ドルも集めたんだ。Alanaはここ数週間で一番の喜びようだった。けれども真実を後悔したらどうすればいいんだろう、払い戻し? もっと払わないといけなくなる?
・夕方、ビデオチャットでAlanaと話す。仲介会社やら建築家やらに相談しなくちゃいけない。弁護士はLarryがやってくれると言っていたけれど、それももう過去のことだ。それに出資者へのプレゼントも。彼女はやるべきことのリストをどんどん送りつけてくる。でも僕にはもうコレ以上出来ない。「もうConnor Projectには関わりたくない。やめるよ」「何言ってるの、本気? やめるですって? 何様のつもり」「自分でもわかってるよ」「ああそうね、ホントひどいわ。分かった、もうあなたとは今後一切縁を切るわ。本気じゃなかったのね。私とConnor Projectをあなたは利用したのよ。信じられない!」ずっと機械的に思えた彼女の調子が初めて本当に人間らしい響きを持った。「僕無しでConnor Projectは進めるってアナウンスしたほうがいいよ」「ええ勿論」「今すぐに。重要なお知らせでしょ?」「あなた病気よ、わかってる?」。一時間もしないでそのアナウンスは載せられた。きっと彼女は僕のことをバスの下に投げ込んで車輪で轢くように書くんじゃないかと思ったけれども、多分僕が悪者になることでプロジェクトがオシャカになるのを気にして柔らかく書いたのだろう。
・残念ながら果樹園のキャンペーンがConnor Projectの頂点だった。ホームカミングとか、バスケットボールトーナメントとか、Roxの新しいヘアスタイルに話題は移り変わる。Alanaはそれでも自分が始めたことを終わらせるのに忙しかった。彼女に仕事を1与えたら100帰ってくるうえにそれが完璧になるまでずっと続けるだろう。もし彼女にEvan Hansenを知っているかと聞いたなら、「知人以外の何物でもない」と言うだろう。彼女は僕を残りの3年生の間ずっと無視し続けた。まるで僕が存在しないかのように。そうしたのは彼女だけじゃない。
・Murphy家の件の翌日、Jaredに電話をかけた。「お前正気か? マジで何してんだよ、勿論Zoeの親父はそこに居なかっただろうな? お前法律家に向かって自白したんだぞ、よりにもよって被害者当人の法律家にだ」。Jaredは彼の弁護士の叔父に頼んで口裏を合わせるべきだと言ったけれど、僕は今すぐMurphy家に言って慈悲に預かったほうがいいと思った。「頼むからEvan、それだけはするな。ホントに、そもそも事の始まりはお前だ、全部お前のアイデアだろ」今までに聞いたなかでJared Kleinmanの一番熱心な物言いだった。「僕が何をしたかは十分わかってる。それにきみを責めてるわけでもない。名前は一度も出してないし、関わったことすら知らないよ」。キーボードを打つ音が聞こえる。多分ハードドライブから犯罪関与の証拠隠滅をしているんだろう。「叔父さんには話をしないで。ただちょっとことの成り行きを見てほしいんだ。きっとMurphy家は何も言わないから」「もし裏切りでもしやがったら……」「しないよ。絶対」。電話が切れる。メッセージを送ったけれども返信は来ない。それから、どうしても避けられない時に挨拶をするぐらいで僕らが会話をすることはなかった。別れた恋人同士のようだと思われたかもしれない。ただ一番怖いのは、彼が叔父さんに話して正義の天秤にかけられてしまうのではないかということだけ。
・それから卒業後の12月。バスに乗ろうと歩いていると見慣れたSUVが見えた。「よお、まだ変人みてえに町ん中彷徨きまわってんのか?」眼鏡はかけていないし、いくらかスリムになって大人びたように見えた。僕の職場まで乗せてくれると言った。ジムの会員証を使うようになったらしい。何が彼を次に進ませ真の変化をもたらしたのか? 僕はガールフレンドが原因なんじゃないかと思うけど。「ミシガンにいると思ったのに。家で何してたの?」「辞めて陸軍に入った」「嘘でしょ」「見ての通りさ。冬休みだよ」。今まで彼と車の中で過ごした以上の時間を過ごした。それでも10分よりは少ないけれど。でもどれだけ(家族ぐるみの)友達を恋しく思っていたか気づいた。それからかつて僕が自分の責任を全部放棄したことを思い出して、今からでも遅くはないと思った。見て見ぬふりは出来ない。「誰にも言ってないよ」。でも彼は道路から目を離さずにただ言った。「忘れろ」。確かに。じゃあ、問題ないか。僕とJaredは決して戦士タイプの人間じゃない。でもかつて僕らはある意味では戦っていた。
・3年のときに彼が見せていた冷たい態度は、単に傷ついた感情や或いは弁護士からの指令以上のものがあったのだろうし、きっと彼だって僕らの過去を思い出すのは耐え難い。何れにせよ、僕の結論としてはだ。奇跡中の奇跡だが、Jared Kleinmanにも心はあったのだ。
・告白から最初の一週間は人生で最悪の日々だった。薬の助けを借りて漸くかろうじて機能できたぐらい、金曜日は保健室に行って半日休んだ。かつて、海で遭難して16日間生き延びた男のドキュメンタリーを見た。普通の生活に戻るには随分と長い時間を要したらしい。僕も同じようなものだ。本当に楢の木から落ちて腕を折ったのか疑問に思ったりもした。夜中に起きて腕が無事なことを確認したりもした。ドキュメンタリーと違って、僕には助けも共感もなかった。Dr.Shermanはほんの少しだけでも手がかりをくれるただ一人の人だったけれど、それでも何が起きたのか全体を説明できる人はだれも居ない。
・SNSからは遠ざかった。Connor Projectから外れたことで人々は僕をじわじわと問い詰めていたし、Murphy家とZoeへの見境ない中傷は続いていた。成績は落ちた。引き篭もりから広場恐怖症になった。今にも警察がくるんじゃないか。どんな物音にも怯えた。電話の音。学校の鐘。ドアのノック音。クラクション。声。罰されるのを待っていた。LarryとCynthiaの反応が知りたかった。サンクスギビングの日になっても真実は明らかにならなかった。母と僕は州の北部に行って彼女の親と妹夫婦と過ごした。祖母はConnor ProjectのTシャツを来ていた。ファンドレイジングの返礼品。「こんな孫を持てて幸せだ」と祖父が言った。一口も食べられなかった。
・家に帰る。死んでしまうのがいいんじゃないかとも思えた。それがMurphy家が僕に望んでいることなんじゃないかと。でもポストにはCynthiaから「お花と手紙をありがとう。あなたの言葉に励まされました。ハッピーサンクスギビング」との手紙があった。「母さん、なんて言ったの?」「ただ挨拶をしただけよ」「それで?」「もう、あなたが間違いを犯したっていうのはわかってる。でもそれでもあなたは悪い人間なんかじゃないわ」「その間違いがどれだけたくさんかなんてわからないでしょ」「勿論分からない。でもCynthiaに聞いてみなさい。誰も皆聖人じゃないの。ただ皆、出来る限りベストを尽くしたのよ」母の言葉が夜中頭に響いた。もしかしたら、Mrs.Murphyは真実を公にしたくないのかもしれない。偽のメールは彼らにとっての僕と同じように彼女にとっての恥となるから。
・年が終わる。秋が冬になる。心の中の煉獄は少し落ち着いたようだった。新しい生き方に慣れたのかもしれない。でも忘れることは許されない。Zoeとは話したかったけれども我慢した。青い車、ある曲、自分の子供の頃の写真、履きつぶしたコンバース。新しい人生の中でも一番辛い部分だ。ハロウィーンは結局いつも子供の頃からずっと同じように、家で一人で過ごした。Zoeを端の方からみることしか叶わなかった。行けないことが分かっていて、ジャズコンサートのポスターの前を通り過ぎた。
・2月のある朝、偶然彼女とすれ違った。彼女は微笑んでくれた。だからバレンタインデーの贈り物に日記を送った。手渡ししたかったけれども無理だったから送って。「いつも真実を語れる勇気があるように」と書かれたメッセージを入れて。反応は聞いたことがない。彼女が日記を使ったにせよそうでないせよ、きっと曲は書き続けているのだろう。春、Capitol Cafeで彼女がソロで出る旨のポスターがあった。日付をメモしたけれど、結局行けなかった。
・告白の夜、母の車でずっと座っていた。どこかへ車を出しはしなかった。続く春に18になって、ようやくハンドルを握れるようになったのだ。Dr.Shermanのお陰だ。彼が運転をリストの最初に置いた。6ヶ月もかかったけれど、3年生の卒業前に車を運転して学校に行く気分を味わえたのだ。卒業式の日にHoward校長がConnorの話題をしたけれど、Murphy家もZoeの姿も群衆の中には居なかった。でも僕はそこに居て、はっきりとその名を聞いた。その日帰って、ベッドの下からギプスを取り出す。Connorの字。8年生の時のアルバムがあった。Connorは10つの好きな本のリストを上げていた。それを全部読んでやろうと決意した。
・それから、スーパーの駐車場の小さなファンドレイジングイベントにある日立ち寄った。母の買い物リストと一緒に。誰かが僕の名前を呼んだ気がした。学校のクラスメイトかと思ったけれども、全く知らない人だった。「ちょっと時間いいか? ここに君が来てくれたらって思ってたんだ」。公共のイベントは避けていた。世が考えるEvan Hansenと実際の自分。もう嘘は吐きたくない。「最初聞いたときさ、本当に嬉しかったんだ。Connorが新しい友人を持ってたって聞いてさ」。血が凍った。足が止まる。「でも見れば見るほど皆が彼について語ってるのみて、なんか違うなって思って……あぁ、落ち着けよ。何か言ってやろうと思ってるわけじゃない。ただ俺は、その、うーん……つまり、見てみろよ。ようやく彼はふさわしい注目を得られたんだ」。彼をよく見た。色黒の肌と対象的に魅力的で明るい瞳。髪は極めて自然体で、笑顔はガールフレンドとその両親どちらにもウケが良さそうだった。「それで、きみとConnorは……?」「友達だ」。彼は彼らの友情の一部始終を話して聞かせてくれた。「あの夕方。学校が終わった後、メッセージをよこしてきたんだ。返そうとしたけど仕事中でさ、でも俺はあんまり……まぁいいや、それで夜に電話したんだけど留守電になって。何が起きたのか知ったのは数日後だった。もしあいつがどうなってたか知ってたら……俺は……いや、分からない。考え続けてるんだ、もし彼と話せたら……」長い沈黙が続く。そして気づいた。彼が僕を呼んだのは、僕の為じゃなくて彼自身の為だと。きっと彼も罪悪感を感じている。それと恐れも。彼の笑顔の後ろには重い物が見えた。「Connorは、俺はあんなやつとそれまで会ったことなかった。あんなに無垢で、あんなに純粋で。時々思うよ、あいつはきっと純粋すぎたんだって」。彼の話すConnorはまるで見知らぬ人だった。けれども同じ様に。ようやく学ぶチャンスを掴んだとも思った。新しく得た情報を整理して消化するのに数ヶ月はかかった。
・卒業後の夏。Ellison Parkの仕事に戻りたいと思った。でもそこには思い出が多すぎるし、Murphy家からも近すぎる。だから公園の歴史をもっと知ることにした。ノートにエッセイにしてしたためて、それで奨学金のコンテストにいくつか提出した。賞は取れなかったけど、もっとそのエッセイを突き詰めて次の年のうちには母親が集めてきたコンテストほとんど全部に提出した。合計で1500ドルしか取れなかったけれども、いい結果だとおもう。実際僕に必要なのは書くことだった。何かを書きたかった。これこそDr.Shermanが期待していたことだったんだろう。気づくまで随分かかってしまった。
・それで、今もベンチに座って書いている。あの告白から約20ヶ月。まだ20分しか経っていないみたいだ。緑が広がる。果樹園だ。あの果樹園。Alanaがやらないわけはないと思ってはいたけれど、それでも衝撃だ。The Connor Murphy Memorial Orchardは一周年。でも僕にとっては初めて訪れた場所だ。あと数年のうちには様々なリンゴが実をつけるだろう。ずっと願い続けても実現しなかったことが、願うのをふと辞めた瞬間叶うことがある。Zoeがやってきた。座るよりも立っている方がいいらしい。「元気?」「すごく」。新しいコンバース。見たことのないジーンズのジャケット。「もうすぐ卒業でしょ?」「そう、あと二週間。一年生の気分は?」高校の知り合いと会うと毎回、こうして町をぶらついているのか説明しなきゃいけなくなる。「一年休むことにしたんだ。働いてお金を貯めてる。コミュニティカレッジの授業をとってて、秋に編入しようと思ってる」「賢いね」それに必要なことだった。僕の状態じゃ大学に言ってもきっと生き延びられないだろうから。Dr.Shermanはその前に仕事に就いてみて人とある程度触れ合った方が良いと進言した。「この数ヶ月はPottery Barnで働いてるから、もし室内装飾を探してるんなら割引してあげられるよ」。静かな笑いが満ちる。「あなたとConnorがここにいる想像をいつもするの。お母さんは元気? ご家族は?」「母さんは今休んでて、だから学位が取れるのはもう少し先かな。でもあとちょっと。あと父さんは、うん、今は赤ちゃんがいる」「じゃあお兄ちゃんね」「見せたいものがあるんだ」。Miguelの写真。「Connorの友達」「本当?」。彼はConnorの編集する前の写真、メッセージを見せてくれた。本当のメッセージ。ずっと装っていることへの後悔が付き纏っていたけれど、それを見たことで安心した。なぜならConnorには友達がいたんだから。Miguelの電話番号を渡す。Connorは短いけれども確かに幸福を経験していたのだ。「ありがとう。大変な一年だったわ」「うん」「また会いましょう、今日が最初で」「そうだね」。或いは今日初めて会ったのかもしれない。「もう行かなきゃ、今週試験なの」「最後に聞いていい?
 どうしてここで会おうと思ったの?」彼女は立ち止まってじっと地面を見つめていった。「だってここを見てほしかったんだもの」。じっと見つめる。すべてが見えた。過去と、現在と未来。Zoeが車で走り去って、言葉が溢れ出す。手紙を書き終えた。ポケットに携帯をしまって、景色に目を移す。木の間の綺麗な芝生に足を踏み入れる。彼を知っているふりをしていたけれど、今や彼はいつも共にある。孤独な魂は僕だけじゃなくどこにでもいる。登って、落ちて、舞い上がる。全ての中心に手を伸ばそうとする。自分達自身に。互いに。そして真実に。

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